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学びを放棄すること

「高校から数学がまったくわからなくなった」と言う人は昔から多い。
では、中学時代にはわかっていたのかと言うと、そうではない、すでに壊れていたはずだ。
中学では「文字式」から始まり、数式の触り方や図形の基礎知識を学ぶ。
「公式」や「パターン」を覚えればそこそこ点にはなるのだが、
それらを丸暗記しようとするほどに「数学そのもの」からは視線が遠ざかってしまうことが多い。
私は生徒をそうさせないように、中学ではほとんど「公式」なるものを提示しない。

高校の理数科へ行くような生徒は賢い子もいるのだが、公式の扱いが器用だった子も多い。
数学が本当には見えておらず、物事の距離感も見えなくなっている子も少なからずいる。
「俺は中学時代に勉強しなかったからこの程度の高校へ来たが、
 これからは本気で勉強して、大学は京大へ行く。行けなかったら就職して働く!」
ものすごい気迫は素晴らしいが・・・まあ、働くことになるだろう・・・
そう思っていたら高2になって、彼は数学の出来ないクラスへ落ちて行ったという。
可哀想だけどやはり、数学の本質がわかってなかったのだろう。

中・高校の数学など誰にでもわかると思っているが、わからなくても、それはそれで仕方ない。
「物を見るメガネ」の一つを失うのはハンデだが、他にも「メガネ」はたくさんある。
しかしそのメガネの存在にも気付かず、思考停止するような生徒は哀れですらある。
教師の話でも聞いていれば「この考えは、まず最初に」の「まず」くらいわかりそうなものだが、
それも分からなくなっている生徒は多い。そのくせプライドは持っているのか、
「模試の“希望大学”ですけど、俺は日本の大学には行かないから、書かなくていいですか?」
どうやらアメリカへ行きたいようで、英会話の本は読んでいるらしい。
では英語は頑張っているのかと言うと、学校の英語など「バカらしくって」やっていない。
学校の勉強はどれも「バカらしくって」何もやっていない。
何も学ばないのに「すべては独力でやれる」と思い込んでいるのだろう。
目の前にある、学校で買わされた素晴らしい英語の問題集すら目に入らないようだ。
「自分らしくあろう」として「学びを放棄」した典型的な例だろう。
内田さんが「下流志向」で本当に言いたいのはこの「学びの放棄」だったと言う。
彼に学びを放棄しているという自覚はない。
ちゃんと買ってきた英会話の本を読んで「勉強」しているし、
それだけで「アメリカの大学へ入り、勉強してゆける」と、本気で思っているのだ。
「お前なあ、だったらまず学校の英語で1番にでもなってから・・・」
教師のそういうアドバイスには耳を貸さない。学校の勉強は「必要ない」のだ。
今の教育を混乱させたのは「そう言う生徒」が多数現れたからだ。
ただ、そういう「自分らしさ」もすたれてきたのかな?
「あいつは、単にバカなだけ」
そう言う生徒がかなり多くなってきているらしい。

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