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職人がいない その3

教室の階段はらせん状に2階まで上がっている。
設計したウネは気楽なものだが、あんなにでかいもの、現場では大変だ。
どんなに注意して作っても、上下・左右・前後に1㎝や2㎝くらいずれるわね。
設計では誤差などないが、現実には誤差が生じる。
物理界ではそれを「理論の“破れ”」と名づけ、日本の物理学者がノーベル賞をもらったほどだ。
大工は階段の踏み板を調節し、足したり削ったり、押したりして、2階の廊下にピタリと合わせる。
それを「揉む」と言う。職人にしか出来ない仕事だ。
高3は最後の「合わせる作業」に入っている。誤差は出るから、揉まなくてはならない。
受験校によっては数学の範囲は様々だ。
数Ⅰ・Aだけもあれば、センターの数Ⅱ・Bまでもある。理系なら2次は数Ⅲまでが必要だ。
今年の高3もその3通り、すべている。「マニュアル」なら、必要なものだけやればいいのだろう。
Ⅰ・Aまでならそれだけを大量にやらせる。何が悪い?マニュアルと言う設計は完璧だ。
しかし・・・そこにも「破れ」が存在する。大量にⅠ・Aばかりやらせても、点数は伸びない。
どの教育界もその「破れ」に気づいていない。いや・・・仮に気付いたとしても、
それは「揉む」ことでしか解消できず、揉める職人など・・・どこにもいない。
早くから「Ⅰ・Aだけ」と限定すると、生徒は公式だけを見て、問題の意味を考えなくなる。
問題とは関係のない公式を持ち出して「さて、どう計算しようか?」とやっている。
公式だけを見て「数学そのもの」を見ないのだ。それが「破れ」だ。
本来の数学はとても生き生きとしており、ダイナミックで楽しく、そして美しい。
そのままでは意味がつかみにくく、要領を得ない文章を、
「え?ここをベクトルで表現してみようかな?・・・三角関数の方がいいかな?」
様々な考えで日本語を少しずつ「数学語」に移し替えていくと、ようやく本体が見えてくる。
「そ・・・そうか、そういうことか!すると・・ここを計算して行けば・・・」
ようやくダイナミックな計算にも入って行ける。そこまでの作業こそが数学だ。
数学の「全体像」を見ることもなく「Ⅰ・Aだけ」と、いくらやっても限界がある。
点数にもならないが、それよりも・・・・数学の美しさを一度も見ずして卒業させていいのだろうか?
それだと数学は「ただの点取り手段」ではないか。それは数学をやる・・・意味ではないと思う。
Ⅰ・Aだけの専門学校を受ける子も、京大の理系を狙う子も、同じ数学をやらせている。
それが数学の全体像を浮かび上がらせる、美しい問題だからだ。
受験範囲を突破している問題もある。けれど、それが数学なんだ。本当の数学なんだ。
本物の数学に己の弱さを打ち砕かれたのはカンタローだけではない。全員がそうだ。
けれど繰り返すうちに、その美しさに気づき始めた。どの子もほほを赤くし、一気に2時間が過ぎる。
もちろん最後には「マーク練習」もするが、ギリギリまでそういう作業をさせることが、
この子達の限界を突破させることになるだろう。それが出来るくらいには育ててきたつもりだ。
そうやって生徒を揉むことは、私はうまくない。
他にもっとうまい職人がいれば、私は喜んで生徒を引き渡してもいい。
私より上手に解説する人、うまく問題を解ける人はたくさんいる。それは知っている。
しかし私以上に「揉める」ひとは・・・残念ながら、そんな職人がいない。
私は自分の下手さにうんざりしながらも、自分でやるしかない。
そうやって28年が過ぎようとしている。まだ、もう少し続きそうだ。

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