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国語

「はげしい絵である。大地はその豊饒な生産力に見合うだけの代償を農民の労働に要求し、
 労働のはげしさはその逞しい肉体や疲労やむさぼるような飲食や、無知と愚かしさと
 粗野とを必然的につくり出したように見える。しかしここには人間が自然の一部として生き、
 自然のゆたかな恩寵とその反面である荒々しい生命力とに真っ向から取り組んで、
 結びつき、充足し切っている姿がある。・・・・・・・・・・・・
 人間は愚かなまま、無様なまま、あるがままにその全存在を肯定されて、大自然の中にいるのだった」

2年ぶりに赤本を買い、去年の国語を高1と高2に宿題として渡した。
高3は1年の時からずいぶんやってきたので考えてなかったが、やはり渡そう。
もう、宿題ではなく、解説も一緒に渡してしまう。やるもやらぬも、生徒次第だ。
朝から人数分、最新の2年分をコピーする。1年分は問題5枚、解説8枚、解答用紙1枚。
紙を並べ、1枚1枚つまんでいき、ホッチキスで止める。とても面倒くさい。
そして思う・・・・『こんなの生徒はやるかな?“うざあ~”って思うだけだろうな』
どうして京大の理系にだけ2次に国語があるのか?生徒にはわからないだろう。
しかも読まされるのは上のような文章だ。
ちっぽけで、愚かで、失敗ばかりする人間。しかしその愚かしさですら、自然とは調和する・・・
働く大人には身に染みてくる文章も、10代半ばの子供に何がわかろうか?
入学式で総長が言っていた。
「専門以外の多くのことを知ってください。“専門バカ”には、ならないでください」
その思想のもとに、昔から2次に国語を配している。
その意味は、今はわからなくてもいい。心のどこかに留まっていればいい。
やがてその現実、現場には必ず出くわす。その時にきっと、何かの助けになるだろう。
教育の本来とは、そういうものだ。
こんなに面倒くさい作業をして冊子にしても、何割の生徒が真剣に読むのか心もとない。
けれどそれも・・・教育の本来とは、そういうものだ。
そう自分に言い聞かせて、2年分、18冊の冊子を作った。

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