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晴れた疑い

康太は午後から大学なので、お昼に、女房と3人で病院へ行った。
真子はお昼を食べながら点滴を受けていた。予定通りに治療は出来たようだ。
昨日は2100だった白血球の数値が5100まで回復し、
予定通り第1クール最後の薬剤を入れられたらしい。真子はまだ元気だった。
女房と康太は先に車を降り、私が車を駐車場に入れている間に看護婦が来たらしい。
「内視鏡検査“について”医師から話があるそうです」
・・・内視鏡の検査・・・なんだ・・それは・・・・・?
まだ時間があるので女房を病室に残し、私と康太は食堂でご飯を食べることにした。
食堂の椅子に座っても、重い沈黙が続く。
「仮に肝臓にできものがあるとして、それは何なん?」康太がぽつりと言う。
「まだ・・・肝臓を見るかどうか、わからんよ・・・」
それはこの3週間、我が家の“禁句”だった。真子の肝臓の・・薄い影・・・
最初のエコーでは「腫瘍かどうかはグレーゾーン。調査します」とのことだった。
その時も私と女房は恐怖に泣いた。そう言えば1週間前にMRI検査を受けていたな・・・
まだ何の報告もない。この期に及んで、まだ、娘の身体に穴を開けようというのか?!
内視鏡で何を見るというのだ!?肝臓の組織でも取るのか!?
真子の胚細胞腫瘍は、基本的に勝てる癌だ。勝てる癌なら、どんな治療にも耐えよう。
けれど・・その上に・・さらに肝臓癌なんて言われたら・・・・
もう勝てないじゃないか。どう戦えばいいのか、戦い方もわからないじゃないか・・・
朝から何も食べてないのに、何も食えない。康太に食べてもらった。
病室へ戻ったが、医師はまだだった。女房が食堂へ行ったが、やはり何も食えず戻って来た。
点滴を終えた真子は「寒気がして来た」と、布団で寝始めた。副作用が出たようだ。
康太は大学へ行き、女房と私は「相談室」で医師を待った。
5分・・・10分・・・医師は現れない。息を止めて待っているようなものだった。
「あんたが横にいなかったら、私、気を失ってたかもしれん」後で女房が言った。
冗談じゃない!私だってよっぽど「外でたばこ吸ってくるわ」と逃げ出したかった。
すんでのところで、辛うじて身体を支えていただけだ。・・・医師が現れた。
内視鏡検査“について”の説明ではなく、内視鏡の“医師による”説明だった。
MRI検査の結果報告だった。MRIによる肝臓の写真を見せながら、
「この映像を薬剤チーム、我々映像チーム、そしてここには肝臓の“権威”の先生がおられますが、
 3者の意見が一致しました。この影は癌や、その他の腫瘍ではありません」
「・・・なに・・・なんだって!!」
「腫瘍マーカーもまったくの正常値ですし、元々肝臓は血流の多い臓器なのですが、
 特にこの部分に血流が多く、その血流が影のように映っています。
 何の問題もありません。9月にフォローはしますが、治療などは必要ありません」
「よかったあ~~~!!」
私と女房は、その場に崩れ落ちんばかりだった・・・・・女房はすぐに康太にメールを打った。
教室へ戻り、ベランダへ出てタバコを吸うと、ふいに、涙がボロボロと出て来た。
安堵して泣くのは、生まれて初めてだ。こんなにも恐怖が、身体を締め付けていたんだ・・・
あと3クール残る抗がん剤治療は、もちろん厳しいものだ。
けれどそれは真子を生き延びさせるためのものだ。そしてその戦いは、基本的に勝てる。
真子は夕方に40度の熱が出た。けれど耐えよう。生き延びるために。
髪の毛も抜け始めた。耐えよう、生き延びれるんだ。
もう、戦い方はわかっている。前だけを見て戦えそうです。
たくさんの方々に支えていただいています。ありがとうございます・・・・

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No title

どうか、食品からの内部被曝に気をつけてあげて下さい。チェルノブイリ事故の時に汚染され人々の健康に影を落した経験のあるドイツでは大人8ベクレル、子ども4ベクレルです。軽快をお祈り申し上げます。

Re: No title

ご忠告ありがとうございます。
普段から線量を測って食べているわけではないので、
日本の食べ物を信用して食べるばかりです。
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Author:河原
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