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“マニュアル化”の末路

京都の公立高校は、来年から「Ⅰ類・Ⅱ類」の名称がなくなるようだ。
毎年何らかの「変更」ばかりやっているから驚きもしないし、
なぜそうするかの理由も簡単に推測できる。
定員割れ・・・特にⅡ類の定員割れを防ぎたいのだろう。
ある高校のⅡ類が定員割れする。Ⅰ類からは誰もⅡ類を希望しない。
公立高校だから必ず“満員”にしなくてはならない。
そこへ入ってくるのは、どこのⅠ類にも合格できず、
「入学できるなら、どこでも行きます」に○をした生徒達である。
そりゃあ・・・その子達は授業についてこれないわね。
だからすでに莵道高校がやっているように、類別をせず、定数人数を合格させ、
後から「標準コース」と「進学コース」に、各高校で分けるのだ。
「スーパーコース」の「嵯峨野コスモス」「堀川人間探求」「桃山自然科学」
などはそのまま残るのだろう。

今の中1がセンターテストを受ける時から(すなわち6年後から)
数学の問題は「難しいコース」と「易しいコース」の二つに分かれるのだと言う。
センターテストは平均点を60点になるように設定されているが、
すでに実情は「80点以上の生徒」と「20点以下の生徒」の2極化し、
どちらの生徒の学力も今の問題では測れなくなったからだと言う。
「全入時代」の到来にあって、「出来る子」はさらに「分別」し、
「出来ない子」は小・中・高校の「復習」を「大学で」やらせるのだと言う。
「君、分数の足し算は大丈夫?」てな判定をセンターテストでやろうと言うのだ。
そう言えば京都大学の理科系は、センターでは「社会」の得点しか加算されないが、
5教科7科目で7割(その数字は知らない)だかを取らないと、
受験資格を与えなくなるのだと言う。
2極化が容認され、完成するのだろう・・・・・。

高校も大学も大変に「ご苦労さん」なことだが、この2極化は避けられない。
「学力低下」の原因は「教師の力量不足」も確かにあるにはある。
「教師に雑用を与え過ぎるから」なのだが、そこは教師が頑張ればいい。
しかしそれも含めて最大の原因は「国民感情」にある。
「勉強できなくても“君は君らしく”でいいんだよ」と、アナウンスし過ぎたからだ。
「勉強せい!」
「なんで?僕は勉強なんかしたくはないよ」
生徒には悪意も作為もない。本気でそう思っている。
そう言う生徒が一定数を超えてしまうと、もう教師の「努力」ではどうしようもない。
学力低下は、どうしようもなく、確実に進んでしまう。

これはもう本当にどうしようもない。すべての教科を「マニュアル化」した結果でもある。
来年から改定されるが、今までの教科書は「一度だけ」公式を紹介し、次に進んでいる。
それをマニュアル化と言わずして、何と言おう?
「数学で何を学ぶか」ではなく「数学を暗記すればよい」と言い続けたではないか。
サンマルクで焼きたてのパンを「テーブルに運ぶように」とだけ教わる。
「焼きたてのパンはいかがですか?」とは言えるが、決して「待っている客」など見もしない。
『次の客は5人連れか・・・ここの席が開くから、椅子の配置はどうしよう?』
などとは決して考えることはない。それと同じだ。
「パン、いかがですか?」は学力ではない。
数学の公式を覚えたからって、それもまだ学力ではないのだ。

今週の水曜日からマカオへ修学旅行のケンタとミク。
なぜだか「代休」が前倒しで今日だ。他には補講の日程が取りにくい。
「どうするんだ?数Ⅱも数Bも大変なところだぞ。月曜しかないか・・・・
 仕方ない、両方とも“根底の理論”しかやる時間はないから、それだけをやる。
 あとの“肉づけ”は、旅行から帰ったら、自分でやるんだぞ」
今日の2時から、小学生がやってくるまで補講する。
ミクは朝8時にやって来て、鞄だけ置いてどこかへ出かけて行った。
ケンタはテニスの試合が昨日あった。
「時間がないから、さて、どうしよう?」
私もケンタもミクも懸命に考え、工夫しようとする。
そう言うものが国にも、教育現場にも、国民感情にもなくなった今、
「制度」だけをどう変えようとも、2極化は避けられない。

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