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楽譜

今日は高3センター数学と中3数学の授業ノートを創る。28年間毎日そうして来た。
そのノートは、ページ・数字・座・黒・矢印など、人が見たらまるで暗号だ。
何を意味し、どういう授業なのか、さっぱりわからないはず。
それは私だけの、2時間の授業という音楽会の、新たな曲の楽譜だ。私にしか読めない楽譜。
生徒達は黒板に立って演奏するから、あまり長い曲には出来ない。
10分の曲、30分の曲などを組み合わせてゆく。
一人ひとりが演奏している風景を思い浮かべながら、曲の難易度も変えてゆく。
ここでは「ほら、弓は玄に直角に当てる」とアドバイスしなくてはならないだろう。
この子には「もう少し強い音を」と言わなくてはならないだろう。
一曲が終われば席に戻し、次の演奏の要点を説明する。
明らかに私は作曲も演奏も上手ではない。けれど28年間ずっと「作曲してくれ」という人がいた。
作曲せざるを得ないから、そうしないと生きていけなかったから、演奏し続けた。
誇れるものなど、何もない。ひどい演奏に自分で恥じるけれど、人に恥じることは少ない。
政治がどう変わろうと、バブルであろうと不況であろうと、何の恩恵も受けなかったが、
さりとて何らかの被害も受けなかった。周りの影響を受けずに続けてきた。
本当の意味で自由に生きてきた。私のやり方では金持ちにはなれないが、食べては来れた。
日に二つの授業を創る・・・信じてもいない神が「お前はそう生きろ」と、
「そう生きなければならない」と、言っていたかのようだ。
私にはこの半生があるからか、読書会でも読んだ「お前は生きなければならないように生きろ」
という言葉が好きだし、その文献の内容に感動する。
身を切るようなロシアの寒い夜に、一人ひっそりと死んでいった帽子職人は、
子供の頃から「帽子職人になろう」と思っていたわけではあるまい。
有名になりたかっただろう。金の儲かる仕事がしたかっただろう。
しかし彼には「日に一つの帽子を作る」仕事しか見つけられなかった。
戦争に参加せず、英雄にもなれず、帽子を作り続けることでしか生きられなかった。
晩年、手にもつ針も糸も見えなくなった。しかし彼はそこで気付いた。
「目に見えるものは俺を、人をだます」
政治や「うまい話」には平気で裏切られる。庶民は国に生かされてはいない。
自分の力で、ひっそりとではあっても、難しいことはわからなくても、生きている。
帽子を作ることが自分を生かしたし、そう生きなければならない人生だと気付いた。
針は見えなくなっても、縫い続ける手の感触でそのことを確かめていた。
「この手・・・手だけが・・俺をだまさねえんだ・・・」
日に二つの授業を創り続ける私。そのノートに書き続ける楽譜。
最近の私の姿は、その帽子職人に重なって来たかのように感じている。

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