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ほんのちょっとの差 その2

中学のテストで子供が90点も取れば親は安心し、30点だと
「こりゃあ大変だ。、どこか塾へでも行かそうか」と不安になるだろう。
そりゃあ出来るに越したことはないが、中学までは「基礎暗記」の狭い範囲だ。
差があるように見えても、その差はたかが知れている。ほんのちょっとだ。
「1600年に関ヶ原の合戦がありました」と言われても、誰が戦ったかも知らず、
戦いの理由も知らず、ただ年号暗記をするだけなのが腑に落ちない生徒もいる。
けれど中学まではそういうものだ。
とりあえず大ざっぱに年数の位置関係でも覚えておいて、その意味は高校でやればいい。
逆に、素直すぎて、意味もわからず教師の言うことや教科書を暗記して90点を取り、
「それが勉強だ」と思い込んでしまう生徒の方が高校では問題になる。
高校からは「その意味を問う」部分が圧倒的に多くなる。
その意味を理解し自ずから「変形させる」「角度を変えて見てみる」と言うことを学び始める。
大学・社会へと年数を経るほどにその部分はますます大きくなる。
しかしそれが、入学したばかりの高校生にはなかなか見えないし、わかりもしない。
中学時代と同じように真面目に教師の話を聞き、同じように勉強をしているのに、
点数はどんどん落ちていくし、その教科もさっぱりと「見えて」こない。
「見えていないことが、見えない」 そういう生徒の、なんて多いことだろう。
見えていないことは他にもある。
素直で真面目な子ほど「教師は100%を語り、教科書の知識がすべて」だと思い込んでいる。
それが根本的な間違いだということは、信じられもしないだろう。
しかし現実的には、どんな名教師でも、説明できる事はせいぜい3割までだ。
教科書には「1つの見方」しか載せられない。「他の見方」は、いくらでもある。
「では、他の見方も全部、載せれば?」
いったいどれほどの量になるだろう?とても授業だけでこなせる量ではなくなる。
「教師が全部説明すればいいんだ!」
仮にそれが出来たとして、それははたして「学び」だろうか?
全部を人に説明してもらい、自分はそれを覚えるだけ・・・勉強とは、学びとは、そういうものだろうか?
それは量の問題でもない。
ゆとり教育で「量を減らしたから、全部説明できるだろう」とやって、見事に学力崩壊した。
今の高2からの「新課程」で量を1.5倍に増やしたから「もうダメだ」でもない。
その量に関わらず、教師とは、せいぜい3割ほどしか説明できないし、それでいい。
生徒はどうしたって7割・8割は自分で学ばなくてはならないのだが、
そういうことを全く知らなかった「真面目で素直な生徒」に、どうやってそのことを伝えればいいのだろう?

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