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賢く育てる

階段を下りてくる足音に、今朝は5時に目が覚めた。あれは、康太だ。何してんだ?
6時過ぎに女房が起きてきて朝食の準備を始めたから、仕方なく私も布団から出た。
それを待っていたかのように、康太が2階から降りてきて物理の質問をする。
「バネで物体を押し出す時のエネルギーの考察」
どうやら昨日の夜に考えていて、納得がいかず一度寝て、朝5時に起きて再び考えていたようだ。
疑問の原因は簡単だった。
康太は物体がバネにくっついたままだと思っていたのだが、実際には押し出されてしまう。
だからバネのエネルギーは、すべて摩擦で消費される。
「あ・・・あ!そう言うことか!」
康太はもっと複雑な状態を考えていたのだが、問題はそこまで行っていなかったのだ。
中間テストは今日が最終日で、物理と何かの2教科で楽勝なのに、よく勉強するわ。
卓球を追求し、毎日の勉強時間はけじめを付けて確保し、お笑い番組にげたげた笑う。
健康で、賢く育ちつつあると思う。皆をそういう風に育てようとは思っている。

点数は賢さの目安にはなるが、決して賢さ「そのもの」ではない。
しかしそれは今だけではなく昔から、ひょっとすると最初から、一般に勘違いされている。
私が通っていた頃の東宇治中学では(木幡中はまだなかった)、
100点を取れる生徒は「人格的にも素晴らしい」と思われる風潮があり、
未だに思い出してもむかつくほど、当時の生徒や教師が大嫌いだった。
高校の同窓会には出席するが、中学のそれには出て行ったことがないほどだ。
日本の政治家は大部分が東大を出ているから、小学校から100点ばかりを取っていたのだろう。
チリ鉱山の現場監督ルイスは6人兄弟の長男であり、14歳で父を亡くした貧乏家庭だから、
おそらく「学歴」なるものはほとんど持っていないはずだ。
しかしはたして、極限状態において、ルイスほど賢く振る舞える日本の政治家は何人いるのだろう?

賢さとは「思考の深さと判断力と行動力」、もしくは「知に向かおうとする姿勢」そのものだと思う。
それを点数で測ることは出来ない。
「もう少し賢くなりたい」と動きだすのであれば、
それが90点からの動きでも、30点からのスタートでも、私は同じだと思っている。
逆に90点だからと満足したり、10点だからとあきらめて動かないのであれば、どちらもバカだと思う。

学校で習う教科は、とても良く出来ていると思う。
数学も語学も、社会学・自然科学、音楽や家庭科も、その内容を理解しようとする姿勢はその子を賢くする。
「構造を探ろう」とする姿勢や幅広い基礎知識がないと、努力って出来なくなる。
比較検討できる知識が多ければ多いほど、動き出すきっかけは多くなると思われる。
どの子にも出来るだけたくさんの知識を持たせたいのだが、そこには様々な「個性」がある。
よく入って行く子と、なかなか入って行かない子と・・・
その要因も様々だが、精神的な成長要因がかなり大きいと思っている。
ガキのままだと、なかなか賢くはなりにくいのだ。
どうやってそれを促進するかと言うと、教育の「教」で教え込むのも有効だが、
様々なことで触れ合い、刺激を与え、育ってくるのを待つ「育」の時間のほうがより大きな要因を持つと思う。
「教育」などと言いながら、100点を目指す「教」を教育と思い込み、
実際にはじっと育てる「育」が圧倒的に大きな「教育」だと言うことは、すっかり忘れ去られてしまった。
「育」は「教」の何倍もの時間がかかるからだろう。

私は無謀にも、「育」を推し進め、子供を賢くし、点数でも勝たせてやろうとしている。
「人のやらないことは、たいてい失敗するよ」
ノーベル賞の鈴木さんが言うけれど・・・その通りだ。
失敗ばかりだけれど、私はこの教室だけでも25年もそうしてきたから、もう変えられない。

中3の第3回模試データが帰って来た。
たいていの子が点数を上げ、早くも「修正」に自ら動いている。行動しているのだ。
「今度はカンタローごときに負けないように、気合を入れな!」
「はい」
そう言っていたマナとメイミは大躍進。それだけの賢さはすでに持っている。
じっと育ててきたさ。
マナはゲンキと同点で、木幡中1位。メイミがその次で3位。
他の子も含めて、よその子に負けさせる気など、さらさらない。

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