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教科書

昔から数学者ほど誰もが「教科書や問題集など、どれもが気に食わない」という。
かく言う私も気に食わない。知識を“平らに”並べてあるだけだからだ。
そんな話をしていると、康太が面白いことを言った。
「教科書の中の知識量って、実は膨大な量で、それだけの知識を詰め込もうとすると、
 “平ら”に並べるのは、仕方ないんじゃあないかな・・・?」
なるほど・・・そうかもしれない・・・。教科書ってあまり分厚くも出来ないしね。
私の1年間の授業を教科書にしようとしたら、昔の番頭さんの横にあった台帳のように、
厚さ30センチほどになるかもしれない。そんなもの持ち歩けないわね。
そう考えれば教科書とは「そんなものか」と、許せる気にもなってくる。
しかしそのことを意識している生徒も親も教師も、ほとんどいない。塾だってそうだ。
高校からの数学って洞察力や論理力、観察力を鍛えようとするものだ。
平らに置かれた知識を組み立てて“立体”にしていく作業をする。
その作業の中でそれぞれの知識の役割やつながりを知り、思考の体力を身につけていく。
平らなまま暗記しようとしたって、こなせる量ではない。そのことを知らない生徒は昔からいる。
中学までは教科書を暗記出来たし、テストはほとんど100点ほどで、5を取っていたし、
「自分は数学は出来るんだ」と信じていた生徒。ところが高校からは勝手が違う。
中学時代と「同じように」教科書を覚えているのに、問題集の例題も暗記しているのに、
もう、数学ばかりに時間をかけて勉強しているのに・・・うまくいかない。
点数は取れないし、先へ進むほどにますますわからなくなる。
「なんだ・・・自分は数学なんて、出来なかったんだ・・・」
そういう高校生が圧倒的に多いが、そのほとんどは勘違いをしているだけだ。
数学が「出来ない」のではない。その向き合い方、扱い方が違うだけだ。
釘を打つのは金づちでしょ?のこぎりではうまく釘は打てないでしょ?そういう勘違いがある。
「いや、それはのこぎりと言って、釘を打つものじゃなく、木を切るものなんだ」
そういう指導をきちんと受けなくてはならない。
知識が“平らに”置かれているだけでは、そういうことはわからない。
そういう指導をするのが教師であって、わからないのは教科書の責任ではないのかもしれない。
ところがそういう指導はもう、どこでもなされてはいない。
「え?塾ではうまくやってるって・・・」
嘘ですよ。高校もそうだけど、「変な飾り付け」はしても、“平らなまま”だ。
そうなってしまったのは「市民感情」のせいもある。
組み立てる作業は確かに面倒だ。面倒を嫌い「簡単にしてよ」という要求ばかりするから、そうなった。
「そんなことはない。勉強する気はある」
そうかな?ならどうして、わずかにあった「良い問題集、参考書」が次々に廃盤になった?
売れなくなったからでしょ?「読むのがきつい。難しすぎる」って。
ゆとり教育の反省から教科書は1.5倍の厚さになった。
けれどその教科書の「真実」を知らなければ、生徒の学力は決して上がらないだろう。

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