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中3の仕上がり具合

中3の授業もあと一ヶ月、4回を残すのみになった。
入試という名目で、ちょっと脅されながらも、それまで学んで来たことをまとめておくのはいいことだ。
全員いい感じに仕上がって来たと思う。数学では基本的に得点を稼ぐことが出来る。
適性検査の問題は難し目なのだが、チサキもシンヤもすっかりなじんできた。
しばらく混乱が続き、模試の数学でまったく得点出来なかったケンとコウタも、
得点すべき問題の整理、時間配分も慣れてきて、確実に解けるようになってきた。
どちらも国語・社会・理科は比較的強く、数学もここまで修正出来れば十分だと思う。
数学では授業の最後に、私の手書きの解答を渡す。国語はコピーだが、これも問題と解答を渡す。
家でもう一度解いてみて、解答の文献を読み、もう少し深く考えておく。それが宿題だ。
中学までの教科は基本的に「基礎事項の暗記」だ。
どの教科書でも応用など望んでいないし、やってもいない。「覚える」だけで十分なのだ。
「組立作業」という応用は高校から始まる。「その前に、覚えることは覚えておけ」ということだ。
そんな「暗記作業」の中でも、育てておくべきものはある。「学びの姿勢」だ。
「誰かにためになることを聞いて覚える」「問題を出してもらって解く」
中学まではそれでいいのだが、しかしそれは本来の「学びの姿勢」ではない。
話を聞いて、文献を譲り受け、持ち帰って再び読み、その意味を問う・・・それが学びだ。
そういう学びは「ロス」や「勘違い」も多い。
だから学校や塾では“親切心”から「これを覚えるだけで大丈夫」とやるようになった。
ロスや勘違いは無駄であり、無駄をなくして「効率的に」学ばせようと・・・
しかし自分も含めて「人というもの」を振り返ってみるがいい。
人とは、どうしようもないくらい、ロスや勘違いの中で多くのものを学ぶものだ。
その「無駄」を「なくしてしまう」と、学べなくなるんだ・・・どうしようもなく・・・
今の時期の中3や高3の塾生は、私の手書きの解答や文献に、「無駄なこと」を壮絶に繰り返している。
今はまだその意味はわからない。
けれど大学へ行ったり社会へ出ると、「それこそが学びだ」ということは、誰でも知っているじゃないか。
どこの塾でも言う「効率的に」というものがあるのでは・・・?それが「錯覚」なのだ。
現にうちの生徒はよその子と少し違い、学年が進むほど「受け入れてもらえる」子が多い。
大学だとそれがよりはっきりする。
それはたぶん、他の子より無駄を「少し多く」知っているからだ。学びの方向性を持っているからだ。
中3の最後に叩き込んでおくものは、その「方向性」だ。
それももう、いい感じでまとまりつつある。

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