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映像にはならない教育 その2

貧しいーー満足な教育が受けられないーー大学へ行けないーー仕事に就けないーー貧しい
それがバングラディッシュの現状だという。その輪から抜け出せない。
それを助けるべくして、何らかの協会が立ちあがり、早稲田の学生も参加したのだ。
しかし・・・どの程度の貧乏を言っているのか、テレビではわからなかった。
食べ物や売れるものを求めて1日中ゴミ捨て場をうろつく生活なら、勉強などする暇はない。
だが、どうやらそういう貧乏ではなさそうだ。
授業料が高い私立へは行けなくて、安い公立だから満足な授業が受けられない・・・
そういう貧乏なら、それは違うと思う。
本来教育とはそれほど金のかかるものではなく、紙と鉛筆があれば、とりあえず事足りる。
「学びの在り方」が問題なのだが、学生君はそれには気付かなかったようだ。
「僕が浪人したとき、予備校にDVDを使った授業があり、感動しました。
 安くて質の高い授業が出来る・・・けれど・・うまくいきませんでした・・・」
彼が行っていたのは「サテライトの予備校」なのかな?それならうまくいくはずがない。
ビデオで学習できる子とは、ほぼ完成された生徒だけだ。
ビデオの中の講師は淡々と、あるいは「今でしょ?」と面白おかしく講義を進めるのだろう。
そこに渋滞などない。
しかし生徒の中に「学びの基礎」を創り上げようとするとき、それは渋滞だらけだ。
思いもしない錯覚や誤解。それが生徒と教師の双方に起こる。必ず渋滞する。
その渋滞をいかに修正・解消するかが教育と言うものだ。
「教科書を読むだけ」や「カメラに向かって講義するだけ」で、それが出来るはずがない。
DVDなど「何らかの形を変えるもの」は映像としてとらえやすいが、
「渋滞を解消する、本来の教育」など、テレビカメラで映しても、面白くもなんともない。
教育とはそういうものだ。
「新しい“形”の教育」とか「面白い“方法”の教育」と言うものを、私は信用しない。
去年その「支援隊」は、バングラディッシュの東大とも言えるダッカ大学に一人、
他の大学に10数人入学させたという。
結構なことだ、その子らは「職にありつける」のだろう。
貧乏を抜け出すために大学が必要なら、何人もを行かせてやるがいい。
けれど大切なことは、それは教育の本来ではないことをわきまえておくことだ。支援隊も、生徒も。
教育とは「学びの方向付け」であり、腕自慢・合格自慢は教育の本来ではなく、必ず荒む。
ダッカ大学に合格した学生が嬉しそうにカメラに語りかけていた。
彼にとってそれが職のためでも終点でもなく、学びの出発点であることを、切に願う。
 

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