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映像にはならない教育 その1

早稲田の学生がバングラディッシュで、貧困層の青年を大学へ入れる活動をしている。
そんな特集をしていた。バングラディッシュ・・ねえ・・・・
私がバングラディッシュの青年、アミノルと出会ったのは30年前だ。
東京・阿佐ヶ谷のぼろアパートへ夜の11時ころ帰ると、部屋のドアの前に立っていた。
小柄で黒い顔をしていたから、薄暗がりでは顔がよく見えない。
「何か用か?」話しかけたが彼は日本語が出来ず、共通語は英語しかなかった。
「僕は今日バングラディッシュから日本へ来たアミノルと言います。
 ここに母国の先輩が住んでいるはずなのですが・・・」
どうやら私の前の住人がバングラディッシュ人だったようだ。
「残念だな。今は俺の部屋なんだ・・・」中へ入ろうとすると、アミノルは慌てた。
「と、泊めてくれないか?」「泊める・・?布団もないぜ・・」
「寝袋を持っている。部屋の片隅でいいんだ。大人しく寝るから・・・
 朝一番で僕はどっかヘ行ってしまうから、今晩だけ、泊めてくれないか?」
彼は本当に部屋の片隅で寝袋にくるまって寝た。
翌朝事情を聞いてみると、日本へは「ミシンの技術」を学びに来たらしい。
英語では「ソーイングマシン」とでもなるのだろうが、彼は「ミシン」と言った。
当時のバングラディッシュの最先端産業は「裁縫」で、日本のミシンの威力は絶大であり、
その技術を国に持って帰れば「大金持ち」になれるのだという。
それに望みをかけて日本へ来る同胞は何人もいて、それを頼って日本へ来たらしい。
貧しくて飛行機代もままならないが、親類・縁者から借金をかき集めて切符を買った。
「池袋って、わかるか?どうやって行けばいい?そこにも仲間がいるはずなんだ」
「タクシーで行くか?」「いくらかかる?あまり金は残っていない」
「じゃあ、電車だな。300円ほどかかるぜ」「それくらいなら・・・ある」
中央線で新宿まで行き、山手線に乗り替えなくてはならない。
日本語を話せず、読めず、到底たどり着けるとは思えない。仕方ない、一緒に行ってやることにした。
彼は公衆電話で連絡をつけ、池袋へ行くと、同じように黒い顔をした二人が待っていた。
「お世話をかけました。何も出来ませんが、ぜひ、我々のアパートへ来てください」
二人に両サイドをがっちりガードされ、アパートへ連れて行かれた。
そこは8畳ほどの一間で、すでに6人が暮らしていた。アミノルで7人目になる。
一番の先輩格は2年目になり、片言の日本語が出来た。
「みんなミシンを学びに来たのか?」「目的はそうだ」「専門学校へでも行っているのか?」
「入れない。言葉もわからないが、そもそも金がない。働こうにも、仕事もない。
 我々は外見が違うから、日本人は近寄ってこない。
 私は2年日本にいるが、まともな会話は、あなたが初めてだ。だから日本語は覚えにくい」
「どうやって生活してるんだ?」
「何人かは旋盤工の仕事に着いたりしている。時給は200円。
 足元を見られているのはわかっている。けれど、それでも・・ないよりはましだ・・・」
私もアミノルを連れて何軒かの店へ行ったが、顔を見るなり「外人はダメ!」だった。
大和ハウスで働いていた学生時代の仲間と連絡を取り、焼き肉屋の皿洗いの仕事を見つけた。
時給は650円。アミノル達には破格の仕事だった。張り切って働いていた。
当時のバングラディッシュ人は、そういう暮らしだった。
今では少し事情が変わり、「大学へ行くこと」が「職に着く」手段のようだ。

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