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ノーベル化学賞に思う

またしても日本人お二人がノーベル賞に輝かれた。
すごいねえ、なんだか毎年のように取っている感じがする。
鈴木、根岸両教授は初めてテレビで拝見したが、人柄の良さがにじみ出ている。
特に鈴木教授、80歳。かくしゃくとされ、そのお考えのきっぱりとさわやかなこと!
ご自分の発明に特許を取っていれば、どれほどの財産になったか計り知れないが、
「それは何とも言えない。特許を取っていれば値段が高くなって、誰も使わなかったかもしれない。
 特許を取らなかったからこそ世界中のだれもが自由に使え、世に貢献できることになった」
・・・今の若い日本人から、こういう言葉は聞けるだろうか?

事業仕分けで研究費が抑えられることについては、
「そりゃあお金があるに越したことはないでしょうが、お金があるからいい研究が出来るわけでも、
 お金がないから研究が出来ないわけでもありません。私の時代はもっとお金はなかった。
 お金もかかる分野もありますが、我々の化学分野はそれほどお金はかからないし、
 薬品量を減らすなど、いくらでも工夫は出来ます。
 もともと日本は島国で、資源もなく、頭を使うしか生き延びる道はないのです」
最近の日本人全員が忘れている言葉ではないだろうか?
金がない、金がないと言うが、それは高級車を買う金がないであり、
豪邸を買う金がないであったりする。鈴木教授の言葉を、もっと真摯に聞くべきだ。

有益な分野にはもっと金を回すべきかの問いには、
「人がやらないことをやると言うのは、基本的に失敗するものです。
 何度も失敗を重ねるんです。それはおそらくどの分野でも同じことでしょう。
 有益なこと、分野とは、どういうものを言うのでしょう?
 私はたまたま運が良かった。わずかとはいえ国から研究費をいただき、
 実験は学生たちがやってくれた。皆に助けられただけなのです」
その通りです鈴木教授。
教育だって「どの有名私立へ入れるか」が教育だと、み~んな思っています。
そうじゃない。その子を育てること、将来その子を支える「基礎力」を入れることが教育であり、
それがいつ、どのような場面で発動するかもわからない。
その子を育てる際には、私を代表に、教師も失敗ばかりを重ねています。
教育とは「そういうものだ」と言うことを、皆が忘れてしまっています。

古館が怪しげな英語を取りだした。発明発見は偶然起こるものと言う意味らしい。
鈴木教授はむろんその単語を知っていた。
「その通りです。多くの発明・発見は偶然見つけられるものです。
 しかしそれを見つける人は“それを見つけようと常に努力した”者だけです。
 何の努力もしない人が、それを見つけることは、決してありません」

どうして万有引力を発見できたのかという質問に、ニュートンも、
「私はいつも、ずっと、そのことを考えていたからです」
と答えている。
最近の日本は「最小努力、最大利益」ばかりを追求しているように見える。
鈴木教授の言葉には、そういうものが幻想であることを思い出させてもらえる。
また今日もお昼前から生徒がフリースペースに集まり、勉強している。
うちの生徒の学力が高くなるのは、私が教えているからではなく、
単にうちに来ているからでもなく、ただ「よく勉強し、学ぶから」にすぎない。
私も負けじと25年も教室を続け、教育の意味や「何か」を発見しようと努力を重ねているが、
未だ失敗ばかり重ね、何も発見できそうにもない。
「こんにちは」
それでも生徒達は教室で、フリースペースで学ぼうと集まって来てくれる。
静かに学ぶ生徒の後ろ姿と、教室の空気は、何とも素晴らしい。
私の努力など、結局何も発見できずに終わるだろうが、それでもかまわないと思っている。

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