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登り方を教える アタック

子供はたいていの場合、時々けんかしながらも、親や教師、先輩などに言われるがままに生きてきた。
「うちはすべて子供が自分で決定してきた」と言う人もいるが、そうだろうか?
そういう人の場合、子供にAかBかを決定させるとき、ほとんど自分で決定している。
子供が反対の方を選ぼうとすると「うじゃうじゃ」と言い、
親が決めていた方を選ぶと「はい、よく出来ました。あなたは自分で決められて、いい子ね」
と言っているにすぎない。高校入学まではほとんどがそうだ。
そこまでは子供にも「自分の人生の方向」など見えず、決定も出来ずともよく、気楽だからだ。
しかし「大学へ行くのか、行かないのか。行くとすればどの大学か」は、話が変わる。
それまでとは違い、子供の人生の方向にかなりの影響があるからだ。
それまでは「夢を語って」いればよかった。「望めば行ける」と思っていた。
自分がどの高さにいるのか、望む頂上までどれほどの距離なのか、何も考えなかった。
しかし現実に、山はそびえたっている。それがわかり始めるのが「期限を切られる」高3だ。
無限に続くかと思われた高校時代も、嫌でもあと1年で出て行かなくてはならない。
卒業後はどこへ行けばいいのか?厳しい現実に直面しなければならない。
例えば京大・東大は、まぎれもなく「8000m級」の山だ。
それがいいか悪いかなどわからぬが、8000m級であることは、現実だ。
「勉強したから、訓練したから」登れる高さではない。
「どれほどの準備をしても、登れるかどうかはわからない」のだ。
「それは無理だから、自分は4000mの山にしようかな?」
そういう生徒も教室外でたくさん見てきたが、それとて富士山よりも高いのだ。
自分が500mの高さにしかいないことがわかってくる・・・それはとても辛いことだ。
『どれほど準備しても、自分には登れない山がある』
辛く厳しいが、それを知るのも「大人になる」と言うことだろう。
最後までそれすら受け止められないで、「大人になれない」生徒もたくさんいる。
私はそうさせないように生徒を鍛え、育ててきた。うちの高3は正確に距離を測り始める。
訓練データ(模試データ)を見ながら、
「センターではここの得点率をもう少し上げて、2次ではこれくらいだと・・・
 現時点では6000mが限界だな。これを7000mにすると・・・」
簡単そうだが、それを正確に測量するにも相当な訓練、積み重ねがないと出来るものではない。
今年も、比較的「順調」に来たと言えるのはコウヘイくらい。
秋まではなかなか条件が整わず、「設定を下げるか?」と思う毎年だ。
しかし、そのために、足腰だけは鍛えてきた。朝から夜中まで、毎日勉強を繰り返す。
その背中にはありとあらゆるものが見える。元気・勇気・ファイト・・いじらしさ・哀れ・悲壮・・・・
そうして今の時期、ギリギリになって、トモコもミオもモトイも・・・・
私にも信じられないくらいに「アタック圏内」にまで登って来た。
私は「○○入学・合格」を目標としなかったため、ほとんど宣伝も意識もしなかったが、
世間が言う「合格実績」なら、確かに「異常」だと思う。比類する予備校や塾はない。
それが出来たのは「勉強を教えたから」ではない。
「資金はどうやって集めるんだ?食料や水の調達は?天気はどうなんだ?」
数学や語学を学ぶ上で必要となる、そういう「準備」に重点を置いてきたからだと思う。
「お勉強だけして、最短距離で」と言う世間とは決定的に違っていたと、27年間を振り返ってそう思う。
生徒はまさに今、高校時代の最終アタックへ向かう。一人で行かなくてはならない。
今年もまた「予定通りにいかず、ピバークします」と言う子も出るだろう。
「ちゃんと・・・生きて帰っておいで・・・」
私は毎年、「テントでじっと待つ」後輩と同じ思いを繰り返している。
それが私とこの教室の現実であり、教育観だ。登り方だけを教えている。

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