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登り方を教える 高校生

高校からは実践練習だ。
それまではただの「飾り」かとも思えた装備具を具体的に使わせる。
服装は、手袋は、靴は、どのように身につけるべきなのか。
ロープはどのように使うのか。ハンマーが必要な時とは、どういうときなのか。
今まで「出来る」と思っていたことが、実はどれほど不安定だったかがわかってくる。
「不安定さ」がわからなければ「安定」を知ることは出来ない。
最終アタックの拠点、2次キャンプ地までも度々行く。
雪崩に巻き込まれる恐怖は常にある。クレバスに落ちそうになることもある。
そういうことを「身をもって」覚えさせる。手を抜けば滑落していくばかりだ。
「技術」だけで頂上を極めることは出来ない。
天気はどうなのか?天気図の見方も覚えなくてはならない。
シェルパ(案内人)はどうやって見つけるのか?食料の調達はどうするのか?
調理機材はどれほどのものを用意するのか?水は?トイレはどの場所にするのか?
そして何より・・資金はどう集めるのか?
親が金を出すから「塾に行ってやる」と言うガキを、私は昔から取らなかった。
そういうガキはどうせ「もの」にはならない。
そして最近では「勉強さえすればいいのだろう」「山に登ればいいのだろう」と、
周りを何も見ないガキも、取りたくない気持ちがとても強まっている。
山登りの場とは、「生き抜く術」を学ぶ場だ。
私もまた、30年前には、そのことはよくわかっていなかった。
山登りの「技術」よりも、「どれほど多くの人とものに支えられているのか」
を知ることの方が大切だと、今では思っている。高校生にもなれば「感謝」を覚えなくてはならない。
だから今では数学をやっているのか、「その準備」を語っているのか、よくわからなくなった。
もう「数学の技術」だけをやるのはバカらしくなっているし、その傾向はどんどん強くなるだろう。
昔は時間のことはあまり気にしなかったが、今では「ぐずぐずするな」と言うようになった。
数学だけならたいしたこともないが、「その準備」のためには、学ぶべきことはあまりにも多い。
多くの人や金に支えられて、自分はその場にいる。「ぐずぐず」している暇も余裕もない。
たった3年で「高校時代」は終わってしまうのだ。あっという間だ。
「その準備」に生徒の目をより強く向けさせてやる方が、数学自体もより伸びる。
その意味や面白さも、よりわかるようになる。
次第に生徒は自分で「足りないもの」を見つけ、自分で調達するようになる。
わずかな時間と場所でラーメンを調理し、食べ、自ら進んで山登りの練習に励むようになる。
高3にもなればもう、山の存在は見えてくる。2次キャンプ地には確かに来た。
いよいよ「最終アタック」の準備に取り掛かる。
あと数百メートルなのだが、しかし・・・それが「どれほどの距離」なのかは、
経験もなく、生徒にはまだよくわかっていない。

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