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学習の賞味期限

高1のクラスに2人目の新人がやってきた。しかも、唯一の男の子。
先週やってきた2人目のミオは、ちょうど「虚数単位」の説明からだったのでよかったが、
虚数の基礎理論を終え、発展させるところだったので、男の子には少し気の毒だった。
けれど、仕方ない。授業という「ゲーム」は、すでに始まっている。
この3月から見続けている8人の娘達でもまだ「おのれ!どうしてくれようか」と思うのだが、
二人の新人はとてもそれにも及ばない。
数式や理論の捉え方・さわり方・演算の進め方が、まるで幼児の「ヨチヨチ歩き」のようだ。
そりゃあ・・・このままではすぐに(すでに?)「困ったこと」になるだろう。
どう違うのか簡単に言えば、二人の新人は「これを足しなさい、かけなさい」
といえば、その計算は出来る。けれど、「なぜ足すのか?かけるのか?」の判断が出来ないのだ。
でも、今高1にやらせているのは「九九レベル」の基礎理論・基礎演算だ。
高校生で「九九が言えること」は「数学」と言えるだろうか?
それらは当然身につけていて、使いこなし、目の前に現れる理論や数式を
「判断」することが「数学」というものだ。それが中学までとは全く違う部分だ。
高校入学時点ではどの子も「覚えることが数学」と、思い込んでいるものですよ。
その「意識」を変えてやらないといけないのだが、それは大変な作業で、とても根気がいる。
「だから難しい問題ばかりやらせる」でも、進学校の実態通り、大半の子が壊されるだけだ。
根気よく・・・根気よく「育てて」やらなくてはならない。
しかしその根気を、教師も生徒も親も、皆でよってたかって面倒くさがっているでしょ?
「公式を覚えるのが数学だ」と思い込めば楽だから、いつまでも九九や通分をやらせようとし、
そればかりをやろうとする。それはもう「数学」ではなくなっているのに・・・・
学習にも明らかに賞味期限がある。
九九や通分は小学生のうちに身につけさせておかないと、高校や大学生になってからやらせても、
うまくはいかない。
大人は中学や高校の授業を懐かしんで「もう一度やりたい」と思うことはよくあるけれど、
実際に高1のクラスに入って、カイやユウカ達がやっていることと同じことは・・出来ませんよ。
大学生でも、高校生とは違う学び方をするはずで、いつまでも高校生と同じ学びにするから、
多くの大学の現場では、教育自体がおかしくなっているんでしょ?
「学べるときに学んでおく」は、思う以上に大切なんですよ、きっと。
高2の京教勢にも模試データが返ってきた。タクト・ショウ・ダイスケが突出し始めたやつだ。
「高2になったら理科と社会が登場するからな。大変だけど、やらないとダメだぞ」
毎年高1の時に言い続けて、タクト達はしっかりやった。
京教勢は・・・・明らかに勉強不足。能力の問題ではない。私はこういうのに一番「むかつく」。
具体的に地理・物理・化学の3教科は、教科数が多いのですよ。
2年のうちから基礎力を高めておかないと、3年生の1年間ではこなせないんですよ。
やることもやらないで「こんな大学へ行きたい、あんなことをやりたい」って、
それは幼児が「大人になったらパン屋さんになりたい、お嫁さんになりたい」というのと同じだ。
「絶望」した倉本さんの気持ちがよくわかる~~~~!!
「いつまでも幼児のままのサチエなんざ、放り出してやろうか!おのれえ~~~」
賞味期限に追われて育てることは、根気・忍耐・我慢の連続である。

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