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スポーツとの付き合い

欧米と日本では中学・高校生のスポーツの考え方がまるで違う。
欧米では「趣味」であって、基本的に楽しむだけのものだ。
マラソンでも「市民ランナー」から出発し、「いける」と思えばすぐ「プロ」になる。
金儲けになりそうなら徹底的にやってみようというわけだ。
しかしそれは「大人になった本人」が決めることで、高校生までは絶対に無理をさせない。
日本の「インターハイ」のような全国大会と言うものは、アメリカにはない。
日本での学生スポーツは「教育の一環」であって、厳しい「指導」もするわけだが、
欧米人が見ればそれは「虐待」と映るのだろう。
どちらがいいのかはそれぞれ勝手に決めればいいが、私は高校生までは「教育」であり、
社会人になってからは「趣味」で楽しむのが一番いいと思っている。
私の中ではスポーツも数学や英語を勉強するのも、同じものだと考えているのだ。
だから昔から「スポーツも数学も、同じように頑張れ」と言い続けている。
しかし中学・高校生で「とことん数学をやる。数学を取ったら、自分には何も残らない」
と言うやつはただの一人もいないけれど、「野球を取ったら、何も残らない」
と言うのは、ややもすると「美談」として扱われることがある。
「それほどに打ち込んだ」と言いたいのだろうが、それのどこが美談なんだ?
「何も残らない」んだよ。やめた後は何もできず、路頭に迷うだけでしょ。どこがいいんだ?
「高校ではどこでこのスポーツをやらせようか?」と、事細かに調べる人もいる。
「プロレベル」を目指して「卓球なら東山」「野球で平安」ならまだわかるが、
「莵道・東宇治・西城陽のどれがいいか?」は、さっぱりわからない。
そのレベルだと、どこも同じだ。よく言うことだが、これからマラソンを走ろうとしているのに、
「ミリ単位の優位」を求めようとするのは、私には滑稽に思える。
スポーツも勉強も「やるのは同じ」と、どうして思えないのだろう?
ジャイアンツに上位指名されたピッチャーは、その後も「教員資格」を取るために実習に出ている。
「これからプロになるのにどうして?」という問いに、
「ずっと野球をやるわけではありませんから。野球の後は教師になりたいんです」
びっくりした。プロレベルでこういう発想はほとんどない。非常に珍しい。
「プロになれるんなら卒業なんて・・・プロに学歴はいらない」と言うのがほとんどなのに。
私はこのピッチャーは「素晴らしい」と思うが、たぶん・・・プロとしては成功しないと思う。
プロレベルでは「その後は考えていない」奴の方が勝ってしまうからだ。
すぐに野球はやめて教師になることだろうが、きっと良い教師になるだろう。
子供には、そういう風にスポーツと付き合わせたい。

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