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“天才”など いない

間もなく開始されるロンドン・オリンピック。
日本選手で“金メダル最右翼”の一人は、男子体操の内村選手だろう。
その内村選手が6歳で初めて大会に出た映像が放映されていた。
「ゆか」の演技でタタタと走り出す。いざ「バク転」のとき、スッテンコロリン!!ありゃりゃ~~。
次は「跳び箱」。タタタっと来て、飛ば・・・ない。
まず台の上に座って、そこでコロリンと前転をして、転がるように落ちた。
帰ろうとする6歳の少年の背中を父親が抱き締めた。何か言っているようだが、音声はない。
23歳の今、内村選手は言う。
「体操のセンスですか?僕にはまったくありませんよ。6歳で大会に出た時も、全選手の中でビリでしたから」
今ではどこから見たって“天才”にしか見えない内村選手が、そう言う。
「その大会で1つだけはっきり覚えていることがあります。
 跳び箱でも失敗したとき、父が後ろから僕をつかまえて言った言葉です。
 “失敗なんか気にするな。次は失敗しないように、練習すればいいんだ”
 その言葉は僕の中に強く響き、それ以後ずっと・・・今でも、
 “次は失敗しないようにしよう”と練習を繰り返しています。
 僕が“天才型”かって?いいえ!完全に“努力型”ですよ」

私の経験では「チャンピオン」になった人で、「俺は天才だ」と言った人を見たことがない。
内村選手が17年間も父の言葉を胸に秘め、繰り返した工夫と努力は、どれほどのものだったろう?
それは学校の勉強でも同じだ。
我々はちょっと頭のいい奴を見るとすぐ「あいつは天才だ」と言いがちだが、
冷静に考えて、学問の「本当の天才」など、おそらく一生に一人も見ることはないだろう。
それらの子達は皆、何らかの工夫と努力を繰り返しているだけだ。
クラブでへとへとになって帰って来て「もう、寝よう」と寝ると、朝5時に起きて勉強する奴もいた。
集中力と手の動きを高め、無駄な時間を減らそうとする子もいた。
「これって、本当には・・・どういうことだ?」そう言う捉え方もまた、工夫の一つだ。
そう言うことを一つも見ず、やろうともせず、「あいつは天才」と言ってしまうのが我々凡人なんだ。
これからの人生の方がうんと長い中学生や高校生が、それでは困る。
数学がわからない、英単語が覚えられないのなら、では、どうすれば少しはわかるようになるのか、
覚えることが出来るのか「自分なりの工夫と努力」を創り上げようとさせなくてはならない。
たぶんそれが、中・高校生が教科を学ぶ最大の目標だから。
100点を1回取ることは人生に何の影響もないが、そこで創った工夫と努力は「人生の羅針盤」となるだろう。
最近の授業の中で私は、生徒にそんな話ばかりをしている。

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