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頂点は 高いほどよい

今年のゴーヤは極めて好調のようだ。あゆ母さんがルンルンで電話をかけてきた。
「雌花がいっぱい咲いてるで。たくさん採れるなあ?!」
「雄花も咲いてるか?」
「見当たらへん。そんなん、いるん?」
「授粉せえへんかったら、実にならへんやんけ!」
「雄花、探すわ。授粉するわ・・・」

教室でもまっすぐ伸びた子蔓は1階の高さを越えようとしている。
横に伸びた蔓はネットをはみ出したから、反対方向へ曲げて紐で軽く縛ってやる。
縛ってもすぐに「真上」へ伸びようとするが、何度か縛りなおして横へ伸ばす。
もうすでに「孫蔓」が伸び始めているので、こうすれば密度の濃いカーテンになるだろう。
ゴーヤは「蔓草」だから簡単に方向修正できるけど、人はそう簡単にはいかない。
「縛ってはいけない。あるがままに、楽しく、明るく育てる」
教育にはまだそういう風潮が色濃く残っているが、これは現場を知らない人の言葉だ。
生徒を縛る紐なんてありませんよ。それがあれば「がんじがらめ」に縛ってやりたいくらいだ。
あるがままに育てたら、表面だけ明るくて、内面は真っ暗な「バカ」に育ってしまう子が多いのですよ。
ありふれた大人に見えるたいていの人が、懸命に学び、考え、生き延びていることも知らず、
ちょっとした公式を暗記して、「90点を取った僕ちゃん、えらい!」
なんて、いつまでもやられたらたまりませんな。
「あるがままに」なんて、現場から言えば「責任放棄だ!」と叫びたくなる。
「学ぶこと・学び方」を生徒に伝えるのは、けっこう「至難の業」だ。
汗と涙と泥にまみれて、ドロドロと関わり続けるうち、時々「うまくいく」ことがある。
子育てとは本来、その程度のものだ。
そんな中でたまたま「学びの質とレベル」が非常に高い子が出てくることがある。
そういう子の頂点は、出来る限り高めておく方がいい。
仲間同士で「あいつは特別」だとか何とか言いながら、やはり何らかの影響は受ける。
「俺たちみたいな凡人でも、勉強できるのかな?学びを知ることが出来るのかな?」
そう思ってくれたらしめたものだ。その方向性がわかれば、成長期の「育ち」は完了だと言ってもいい。
そういう子が一人でも出てくれば大助かりするが、「能力別」では、効果は薄れる。
色々な子が入り混じる方が、お互いを学びあう。そもそも世の中がそうなっている。
そういうことを踏まえて現場では、その「学び」の頂点が、高ければ高いほどに、よい。

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