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面倒くささ に学ぶ

中1・中2の授業。小学生もそうだが、学年が下がるほどに気を使う。
数字や文字の扱い方、そこにある約束や理論・・・学びへの導入はとても面倒くさい。
その面倒くささが楽しめるようになれば本物だが、それはもう少し先の話だ。
なるべく「遊び感覚」で楽しみながら導入するように考えるが、例題が難しい。
これらの学年ではまだ、話を聞きながら・考えながら板書する習慣が定着していない。
「まずはスケッチブックに正方形を描いて準備しよう」と言っても、
私が黒板に描く正方形を“なんとなく”描き写すだけで、いびつな長方形になっている子もいる。
放っておくこともあれば、「これが正方形か?どアホウ!」と怒鳴ることもある。
数学を通して、そういうことを一つ一つ鍛え、育てなければならない。
例題は、どんなに長い文章になろうとも、スケッチブックやノートに「手写し」だ。
なんて面倒くさく、非効率なことか。どの塾や学校でも、そんなことやらないよね?
教師が「出来上がった」プリントを渡すか、パソコンのボタンを押させてプリントを出させる。
「効率の良さ」から言えば、まさにそれは正しい。
私も問題数を増やす時にはプリントをジャンジャン渡す。
けれど「導入」の時にはプリントは渡さず、すべて手写しなのだ。
「効率の良さ」を追求することが「学力低下」の一因になっていると私は思っている。
これが「勉強」じゃないと、誰もがよくわかるんだけどね。
スポーツでも何でもそうだが、例えば1枚の銅板をたたいて鍋にする職人。
金づちで打つと、丸いきれいな跡がつく。何度もたたくが、同じところは1度しか叩かない。
その様子をビデオで見せて、「こうやって鍋が出来ます」とやれば簡単だ。
けれど中学生の基礎学力導入では、最初から生徒に「たたかせる」ところから始めなくてはならない。
ビデオやプリントの効率の良さは、その「本質」から生徒を遠ざけてしまう。
本質から遠ざけておいて、「はいプリント、ハイ出来ましたね」なんてやっているから学力から遠ざかる。
効率の良さは、つい納得してしまうけれど、本当には教育にはなじまない。
面倒くさいものなんだ、教育ってやつは。いや、面倒くささの中でしか学べないと言ってもいいだろう。
「今日は魔法陣の勉強だぞ。魔法陣、知らない?ま、縦横三つのマスを描きな。
 なんだ、お前のは。線くらい真っすぐに引け!いくつか数字を入れるぞ。ここは3だ。
 縦・横・斜めの和が同じになるのが魔法陣。
 一か所だけ和がわかるな?いくつだ?5?アホ、-5やんけ!
 全部-5にするには、あいてるとこの数字は?それやったら-5にならへんやんけ、ボケエ!
 ・・・よし、全員出来たな。もう一つ行こう!また、きれいに写せ・・・・」
それが今日の中1の授業だ。

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