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60歳になると

アトリエに入ると、たぶん京都の「仏壇屋」であろうミニチュア模型が出迎えてくれる。
前回は「立ち飲み屋」の模型だった。
屋根瓦の古ぼけた感じや、中に陳列してある数珠なんかも見事に作り上げている。
「同じ人が作ってて、もう、ファンまでいるんですよ」コンドウさんが話してくれる。
京都芸大の同期生11人がそれぞれの「得意」を披露しているのだ。
ある人は風景画。田舎の田んぼで田植えをする農夫の絵がある。背景の家や山が素敵だ。
空の雲を描いた絵もある。これもとてもきれい。様々な花の絵もあれば、習字の書もあった。
コンドウさんの絵は芥子の花が何本も咲き乱れているものだ。すごいねえ、プロの絵は。
「これって、そのままを写生するの?」
「そうする人もいるけど、たいていの場合は、いらないものは削って、足らないものはたす。
 この絵でも真ん中の大きな花はなかったし、周りにたくさん生えていた草は描いてない。
 そのままだとバランスが悪くてきれいでなかったりすることが多いから、
 私はそうすることが多いですよ」
なるほど!そうすればいいんだ。
小・中学の頃私は「全部そのまま描こう」として失敗ばかりしていたな。
「こういう活動って素晴らしいね。昔からやってたっけ?」
「まだ5年目ですよ。卒業してから仕事、結婚、子育ての時には連絡が取れない時期もあったけど、
 5年前にひとりが“また美術やろうよ、個展でもやろうよ”と声をかけてくれて始めたんです」
「そう言えば同じ美術科のイケミズさんが、50代はまだ青春。60から好きなことが出来るって言ってたよ」
「もうすぐやわ」
確かにそれは言える。
60までは子育てや家族を創り上げるのに金も必要で、そのためにも働かなくてはならない。
60ほどになると仕事も退職だし、子供も手を離れて行く頃だ。もう「自分のためだけに」生きて行ける。
イケミズさんやコンドウさん達は美術の活動を始めている。私はどうしようか?
あと4年で60歳。康太は大学院に入り、真子は大学2年になっているはずだ。
教室のローンも払い終えるし、もう、それほどお金の必要もなくなる。
とりあえず、生徒の数を減らして負担を減らそうか?月謝も「払えるだけ」にしようか?
そんなことすると、益々生徒は増えちゃうかな?
モモカのお母さんがバーム・クーヘンを持ってきてくれた。
「モモカが言うんですよ。算数が一番苦手で嫌いだったのに、今は数学が一番好き、って」
小学生の時には勉強しようと思っても、どうやって勉強したらいいのかがわからなかった。
担任にいじめられるという事件もあり、「高校へはいけないのかな・・・」とも思わされた。
私は名人でも、魔法使いでもない。モモカを見つめ、少しずつ育てた。
中1の秋の頃から毎日教室に来て「座敷童子」をやり始めた。
すぐに成績が上がってはいない。まだどうしていいかわからず、思考錯誤するばかり。
しかし人は・・・特に幼い頃は、その思考錯誤にこそ「学ぶ」のだ。
2年生になる頃から黒板に書く字が力強くなり、ミスが極端に減って来た。
顔つきも輪郭がはっきりとし、力強くなって来た。何らかの「感触」をつかんだのだ。
たぶん成績は上がるのだろうが、それは問題ではない。そこに学んだことが大切だ。
それは自分が生きて行く上での「指針」となるだろう。
やがて大人になり、子育てに忙しい時には忘れているかもしれないが、60歳になる頃、
「中学の、あの頃みたいに生きてみよう」と思えるようなものだ。
私が60になったら、モモカのように「本当に私を必要とする生徒」だけを取ることにしようか?
出来過ぎる子も、点数だけがほしい奴も、よその塾へ行け。
夢しか見れなくて、ただ楽がしたいだけの奴もよそへ行け。
学びのきっかけを求めて、どうしても見つからないような子だけを取ろうか?
電話が鳴った。
「高2の子供なんですが、今から入れてもらえますか?」
「ごめんなさい、満員なんです。それに今からだと、育てるのに時間が足りないんです。
 受験のお手伝いは、私はやらないんです。ごめんなさいね」
高2のクラスはかなり勉強も出来るようになってきた。
けれど・・・まだまだ手直しし、鍛えなくてはならないところがたくさんある。
その子が60になった時に、「あのときのように生きよう」と思い出せるような、
そういう学びを求めて、60からの私は授業を続けるのかもしれない。

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