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二籐斎

「にとうさい?普通一籐斎だろがよ?」
これは最近亡くなられた京大名誉教授の森毅さんのことだ。
その教え子でもある福井教授が「森先生の名言集」みたいに出版された本を、
例によって女房が図書館で借りて来て、私や康太が読んでいる。
「つよしさん?こわしさん?」名前の読み方が難しいが「たけし」であることがようやくわかった。
森先生は複眼的な視線で物事を捉えられるのでこのタイトルにしたらしい。
「教師が生徒に授業をして、どちらが得をするかと言うと、これは圧倒的に教師である。
 僕なんか生徒に教えることで“よくわからなかったその数学”がよくわかるようになった」
「答えのわかったものの公式や解き方ばかりを教えて、何が面白い?生徒のためになるか?
 そんなバカなことはない。答えのわからないものに挑むからこそ面白いし、
 生徒も必死で考えて工夫もし、それで成長する」
そう、森先生にとっても数学は一つの手段・道具であり、それで「何を育てるか」が重要だったのだ。
「とりあえず解いてみ。わからんようになったら教えたるわ。なに?もう質問か?
 これなあ・・・わしもようわからんで・・・ええ~っと・・・」
そのような教え方、教師がベストだと、森先生は常々言っておられた。

「高校を選択できるようにし、偏差値で輪切りにされた同じような生徒ばかりを集めて何をする気だ?
 均質な集団からは異なる視線は生まれにくく、結果として発展しない。
 勉強出来る奴、出来ない奴。スポーツが出来る奴、映画ばかり見ている奴・・・
 そういう異質なものが入り混じるからこそ、様々な考え方が生まれるのだ。
 勉強が遅れる?それはないし、仮にそうであっても人生においては、さほど問題ではない。
 早い奴は早くて、ゆっくりしか理解できない奴は、それでいいではないか。
 ゆっくりな成長を認めないから現場はつまらなく、崩壊するのだ。
 たいていの人間は、ゆっくりしか理解できないのだから。
 その時には“ようわからん”でも、ほとんど問題はない」
賛成!!本当にそう思う・・・。

「ある小学校へ行ったら、生徒に掃除をさせようという張り紙がしてあった。
 “あなたが掃除をさぼると人に迷惑をかけ、その人の人権を侵すことになります”
 これは・・・あまりにもひどい。そこに人権なんか持ち出すか?
 『今日はあいつ、サボりやがったなあ。よし!今度は俺がサボったんねん』
 人とはそういうものだし、それくらいでちょうどうまくいく。
 そういうゆとりをすべて排除しようとするから、そらあ・・うまくいかんわな」
まったくだ!微に入り歳にいり「すべての悪」を排除しようとすると、人はそこに住めなくなる。
そういう「人間考」こそ、今の世の中・ツアー企画会社・教育界に必要なものだろう。

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