FC2ブログ

国語の再開

まだ空気は冷たいけれど、照りつける日差しの強さは、春が近いことを物語っている。
国立大は昨日で後期試験を終え、すべてが終了した。私立大の後期試験も明日ですべてを終える。
もう今年度の入試は終わったから、しばらく止まっていた在校生の国語を再開しよう。
中3は嵯峨野や桃山の適性検査の国語、高3は京大文系の国語だ。
「京大なんて受けもしないし、解けもしないだろうから、やらない」
と、『中身を確認もせず』言った馬鹿もいたが、内容そのものは高校適性検査のものとほぼ同じだ。
私はすべての教材を自分の目で見て、自分で判断して決定して来た。
国語もさんざん思考錯誤・失敗を繰り返し、最終的に「これをやろう」と決定している。
それが「たまたま」適性検査であり、京大の国語であった・・と言うだけのことだ。
京大の国語だから使うのではない。題材として優れているからやらせるのだ。
まず、優れた文章をじっくりと読ませたい。
そしてそのテーマと、優れた「語り口」に触れさせたい。
こんなにうまく語るんだ。こんなに素敵に語るんだ。そんな世界を感じさせたい。
多少は時間がかかる。では、その時間をどう取るのだろう?
問われることの意味がわからなければ、「なぜ自分にはわからないのか」を問うてみるがいい。
それはもう国語や数学と言う教科を越えた「国語じゃあない」ものだ。
教育の本来は「教科じゃあないもの」を学ぶことにある。
どう向き合うのか。どのように段取りをし、時間をとるのか。どのように集中するのか。
どのように処理していくのか・・・・それらはもう、数学でも国語でもない。それが「学び」だ。
そういうものを学びとらせようと、優れた「国語」の教材を手渡し、無理にでもやらせる。
1年でかなりの量をやらせると、実際に国語の点数はビックリするほど伸びる。
これほど伸びる教科は他にはないのでは、と思わせるほどだ。
そして、当然と言えば当然だが、国語力が高まれば、数学力も高まってくる。
洞察力や思考力を支えるものが増えるからだ。
中3はまだまだ処理の仕方・とらえ方・真剣さ・時間の取り方を育てるため、翌週に提出させる。
答案をチェックし「しっかりやらんか、バカ者」とげんこつをくらわせる。
高3はもう散々げんこつも食らって来たし、もう、提出義務はない。
さあ今年も、しっかりと学ぼう。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

河原

Author:河原
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR