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有形の実力行使

何かそういう言い方だった。大阪維新の会が教師に権限を与えようとしているのだ。
どういうことだろう?教師が生徒を殴ってもいいということかな?
そこまでは言わないようだ。
「興奮して暴れる生徒を羽交い絞めにして、落ち着くまでそうしていてもいい」
それって当たり前のことだと思うけど、それも出来なかったの?
出来なかったのだ。今の教師は「生徒に触れる」ことも出来ない。
たとえ中学生の生徒に殴られようが、蹴られようが、教師は手を出すことは出来ない。
中学教師の話も載せている。
生徒が廊下で煙草に火をつけようとしたところを教師に見られ、あわててポケットに隠した。
「煙草を持ってるな?」
「もってねーよ」
「嘘つけ。ポケットの中を見せてみろ」
「何もねえって言ってるだろ!」
そんな状況でも、教師は生徒のポケットに手を突っ込むことが出来ない。
教師は何とか諭し、生徒から煙草を受け取った。その教師は言う。
「生徒に手を出したら終わりなんです。生徒を人間扱いしないことなんです」

いやあ~、出来た教師だわ。私だったらぶん殴って、煙草を取り上げておしまいだけど。
現場を考えれば、どちらのタイプの教師もいないとうまくいかないと思う。
「出来た教師」ばかりだと、基本的に学校は荒れますよ。
現に宇治田原の中学は恐い教師がおらず、学校崩壊になっていると言う。
そうかといって私みたいな「暴力教師」ばかりでも、殺伐とした学校風景になるだろうな。
要は「色々なタイプの教師」がいる方がうまくいく。
誰が言い出したのだろう?
「生徒は勤勉で懸命に学び、教師は優しく微笑みかけ教える」
そりゃあ「1日だけ」だったらそういう学校や、そういう風景もあるだろうさ。
けれど子育てや学びは1年365日の営みなんですよ。
様々な問題や事件も起こる。様々な家庭事情や親もいる。
ただ「微笑んで」いるだけの教師でうまくいくはずもなく、そう言う教師を私は信用しない。
スポーツの審判は「鉄の権限」を持たされている。
「誤審」もあるが、選手は『へぼ審判があ』と思いながらもプレーを続行する。
なぜ教師はそう言う存在であってはいけないのだろう?
「お前には、それだけの自信があるのか?」
もちろん、ないですよ。ないけれど、そうした方が現場はうまく回りますよ。
私みたいな「へぼ教師」だから、生徒はどんどん私を越えて行けばいい。
そのためにも教師には、ある程度の権限を持たせた方がいい。
ここは維新の会に、賛成しよう。

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