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長野に吹く風 終

とある駐車場へ行くと軽自動車の中にサングラスをかけた佐々木さんが待っていた。
誘導されて2分も行くと、前に田んぼの広がった家に着いた。
いかにも昔の農家の造りで、中だけを改装したのだろう。
藤井さん・鈴木さん・私の3人が遠慮なく上がり込むと、部屋のいたるところに絵が掲げられ、置いてあった。
「夜の風景画」ばかりだ。「昼間の絵は他の人がたくさん描くから」らしい。
絵がうまいのか下手なのかはわからない。しかしどの絵も不思議な迫力と言うか、力がみなぎっている。
その迫力がどこから来るのかもわからなかったが、「これらの絵は、きっと売れる」と思った。
たくさんの絵を一通り見た後、やはりケイジロウ君が気になるので鈴木さんは帰った。
藤井さんと私は佐々木さんが入れてくれたチャイを飲みながら話を聞いた。
そのチャイは美味しいのだが、ヒマラヤかどこかの現地人がそうするようで、ガランマサラが入っている。
佐々木さんは私と同世代で、「さぞもてただろう」と思える2枚目だ。
北海道に生まれ、子供の頃から父に連れられ、あちこちと放浪していたと言う。
大人になっても放浪は続き、結婚し子供が出来てもそれは続いた。

ある時は「電話の所有権」を売った5万円をポケットにねじ込み、
家族3人、ヒッチハイクで3ヶ月も東北をめぐった。
青森の田舎の駅にたどり着き、屋台を出していた親父に「駅前で野宿してもいいか」と聞くと、
「バカ、外で寝たりすると凍死するから、駅の建物の中で寝ろ」と言われ、そうした。
川の字で寝ていると終電がやって来て、たくさんの人が下りてきて、
寝ていた3人も、下りてきた住人も「びっくり!」ということもあったらしい。

沖縄へ行った時は一人千円の宿泊代がもったいなくて、ふと見ると、
目の前の橋のたもとに「ちょうどいいスペース」がある。
寝袋に入って寝ようとしていると、暗い中、風呂桶を抱えた男がやって来て目の前で立ち止まる。
「こんばんわ、俺に何か用かい?」仕方なく佐々木さんは挨拶した。男は・・・
「用って・・・そこ、俺が寝る場所なんだよ・・・」
その場所には先客がいたのだ。その男はそこで3ヶ月寝泊りしているという。
藤井さんも沖縄にはよく行くので、そう言うことを知っていた。
「ちょっとした藪の中をのぞくと、たいてい人が“住み込んで”いて、そう言うのはいっぱいいる」
たまに土方仕事などでアルバイトをし、何年も住みこんでいるのだと言う。
し、知らなかったあ~・・・そう言う人がたくさんいるんだあ?

佐々木さんは30年前から長野に住み込んでいるが、モンゴルの「ゲル」にも似た
テントを組み立てる「テント屋」の職人として生活費を稼ぎ、放浪を繰り返し、
10年ほど前から絵を描き始め、今は「画家」だ。私は率直に聞いてみた。
「一人ならいいけれど、家族が出来ると金を稼ぐ必要もある。
 話を聞いていると、とても金を稼ぐ生活じゃあなかったですよね?不安はなかったですか?」
「・・・ずっと不安だったし、今でも不安ですよ。その不安が何なのか、
 その答えが知りたくて放浪を繰り返したというか・・・・
 今はその不安を絵にぶつけて描いているのです・・・・」

不安など感じていないのかと思っていたが、その答えにちょっとホッとし、
佐々木さんの絵の迫力の意味が少しわかった気がした。
簡単には真似のできない「生き様」を、この人は「生き抜いて」来たのだ。
誇れるものでも、恥ずかしいものでもないが、自分にきちんと向き合い、生き抜いてきたのだ。
この2日間で出会った人はただの1人も「地元の人間」ではないが、なぜか長野に住みつき、
人に流されもせず、不器用ではあっても自分に嘘をつかず生き抜き、
それぞれが「長野の風」となって吹き抜けている。
それはその部屋を吹き抜ける田んぼの風のように、甘く涼やかなのだが、
私はその迫力に圧倒されてしまっていた。
『この人たち・・・どいつもこいつも・・・すごすぎる・・・』
佐々木さん手料理の「チャーハンだけど」というバターライスは沖縄の味がして美味しかった。
「つまみもたくさん作ってあるので、河原さん、泊まって行きなよ。たくさん飲もう」
・・・いや、もう一晩泊まったら、たぶん帰れなくなりそうだ・・・
これは一度きちんと体勢を立て直し、きちんと訪問し直した方がいい。そう思った。
「藤井さん、今度気合を入れて来るから、今夜は佐々木さんと二人で飲んで」

松本の駅まで送ってもらい、電車の中で飲むビールを買いに行くと、眞鍋さんと子供たちに会った。
「子供美術教室」の子達が2泊で「スケッチ旅行」に来ていたのだ。
その子等を見に行く暇もなかった。
甘く、涼しく、穏やかだが、迫力のある長野の風に吹かれ、私は「動転」していた。
人としての生きざま、本当に大切なこと・・・そんな思いが私の中に渦巻いていた。
京都へ帰り4日、私は何の仕事も出来ず、ぼんやりしていた。
こういう状態は10数年前、ミュンヘンのシュタイナー学校を訪問して以来だ。
ようやく長野の風を受け止められるまでに落ち着いてきた。
また、皆さんには会いに行こう。何度でも会いに行こう。
そう、今日からは授業が始まる。京都の風にも、向き合わなくてはならない。

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No title

アカネも長野の風にしてやられ、しばらくは現生活が受け入れられない様子でしたが、夏休み宿題タイフーンで無理やり目覚めさせられたようです。まだ12歳、将来の選択肢は多い。つまらないと思える現実を一歩一歩進むことが将来につながる・・・そんな思いを上手く伝えられない母でした。

Re: No title

> アカネも長野の風にしてやられ、しばらくは現生活が受け入れられない様子でしたが、夏休み宿題タイフーンで無理やり目覚めさせられたようです。

素晴らしい風が吹いてるよねえ。アカネの心にも染みたのでしょう。そこに住む人々は
「そうせざるを得ないから、そうしているだけ」
と言うのですが、「自然と一体化して」生きている感じがしました。

まだ12歳、将来の選択肢は多い。つまらないと思える現実を一歩一歩進むことが将来につながる・・・そんな思いを上手く伝えられない母でした。

言葉で伝えるのは難しいですよね。今回私が会って来た人々のように、うちの生徒たちにも大地を踏みしめて逞しく生き延びてもらいたいものです。そういうことを感じ取り、理解するために、数学で学ぶことは手を貸してくれます。アカネもまた、ビシビシ鍛え上げて行きましょう。
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