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長野に吹く風③

肌寒く感じる朝7時に起き出し朝食を終えると、ウネ夫婦は目指す建物を見に出かけて行った。
私と藤井さんは「放浪の画家」に会いに行くのだが、その前に鈴木さんの車で畑へ。
「もう待っているかもしれない」と鈴木さんは心配していたが、我々が畑に着くとすぐに
1台の車が到着し、一人の若者が姿を現せた。
ケイジロウ君、21歳。
普通にしているとその口元は穏やかに微笑んでいるようであり、端正な二枚目だ。
ただ、彼は自閉症児なのである。以前から藤井さんに話をうかがっていたが、会うのは初めてだ。
鈴木さんが声をかける。
「こんにちは」「コンニチハ!」「お父さん、元気?」「ハイ、ゲンキデス!」
やはり語彙は少なく、どこか「オウム返し」的な話し方だ。
毎日のように鈴木さんの畑に来て、農作業を手伝っている。
前日に鈴木さんから色々聞いていた。
物事を自力で“判断”することはまだ難しい。
「ピーマン摘み」の作業をやらせると、まだ食べられない小さな実でも何でも採ってしまう。
草刈り機を使うと、絡まった草を気にし、回転している刃に手を出そうとする。
「手を抜く、休む」と言う発想がないため、炎天下でも指示しなければ、たぶんぶっ倒れるまで作業する。
「でも、ま“やってはいけない”“これは危険だ”と何度か教えれば、やらなくなる」
鈴木さんらしく穏やかに話すが、私は気が遠くなりそうになった。
そして実際にケイジロウ君に「今日の作業は草刈り」と指示している姿を見て、感動した。
それは理想的な教育の現場である。
障害児と呼ばれる子は、18歳までは面倒を見てくれる施設があるが、
その年齢を超えると、もう放りだされて誰も見てくれなくなるのが普通だ。
しかし本当には、そういう子ほど「教育」には時間がかかるのだ。
だからと言って「もっと面倒を見ろ」と、国に文句を言う気もない。
その「教育」には果てがなく、先は見えない。その「方法」もよくわからない。
誰が引き受けたとしても「教育効果、教育内容」の9割以上に、自ら絶望するだろう。
農作業で身体を動かす、一つ一つその都度修正する・・が理想だが、たいていの農夫にはその余裕もない。
じゃまもの扱いされて・・いや、じゃまものそのものなんだし・・放りだされても、文句も言えないだろう。
まして鈴木さんは普通の農夫以上に多忙に仕事をこなしているのに、
「いや、ま、出来るから」と、当然のように、ごく自然にその仕事もこなしている。
すでに鈴木さんは、私以上の教育者でもあるのだ。私など太刀打ちも出来ぬ程の・・・
それでいて自慢するわけでもなく、決して声を荒げることもなく、もじもじと恥ずかしそうに、
黙々と作物を作り、酒を作り、農業研究の場に顔を出し、私なんぞのおっさんにも付き合い、
合鴨の世話もし、ケイジロウ君のそばにもいる。
その「ものすごさ」に、鈴木さんは、自分では気づいていない。
土と交わり、人と交わり、当然のこととして日々の仕事をこなし、生きている。
「藤井さんと河原先生を送って来るので、少し一人で作業していてください」
ケイジロウ君にそう言うと、放浪の画家の家まで車を飛ばしてくれた。

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