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年の瀬

今年の平常授業は今週でおしまい。小学生は最後の授業だ。
1月の授業もやれなくはないけれど、寒いし、好きに遊ばせておいていいね。
小学生の授業がない分、中3・高3の受験に集中できる。これはかなり大きい。
「任意参加」だけど、中3・高3は「冬期講習」をやる。
中3は入試問題を使った総合演習。高3はセンターテスト演習。
点取りの練習を猛烈にやるわけだが、いつまでたってもそこを誤解される。
「点取りの“そこ”だけ参加させてくれ」と言うのがそれだ。
中学と高校のそれぞれの3年間、うちの生徒は点数を取るための勉強を全くしていない。
「学びの姿勢」を整えていく中で「点取りの場」に立っても対抗できるように基礎を積み上げてきた。
「こういう姿勢ではだめだ。そういう捉え方をしていては、最後には伸びない」
無数にあるそういう要素を、普段の授業の中で根気良く、一つ一つを修正していく。
それこそがうちの教室の「最大の良さ」であるし、それをやらないで「最後だけ」は無理だ。
でも、よく聞くよね?堀川コース・嵯峨野講座・京大演習・阪大講習・・・・
「スローガンばかり」なのは政治だけじゃあない、教育も同じだ。
一般にはわからないからね。塾の「食い物」にされる。
高校適性検査の問題も、京大の問題も、「1週間解説」したから「解けるようになる」ものじゃあない。
だから同じ「冬期講習」と言っても、その「風景」は、うちとよそではまったく違うはずだ。
塾でも高校でも「解き方の解説」は熱心に、真面目にやっているのだろう。
しかしうちでは「対話」になっている。
「あ?そう解くか?・・・なるほど、うまいな。でもこうやると・・・もっといいかな」
「教え込もう」とするものと「比較検討しようとするもの」と。それは全く違う。
「堀川や嵯峨野・私立高校は“京大特訓”をするけど、莵道は何もしてくれない」
皆そう言って「有名進学校」へ入れようとするのだが、アホとしか思えないね。
京大特訓が「無駄」とまでは言わないが、生徒が京大へ合格するのは「それのおかげ」じゃあない。
どこの生徒であれ、京大や阪大なんて「教え込んだから」行けるところではない。
すべての生徒は「自分で、自分の力を高めて」合格している。
入試教科数の少ない私立大学なら「教え込んで合格」もあるけれど、国立大学はそうじゃあない。
選抜されて最初から「そういう生徒」が多く集まっているからたくさん合格するけれど、
特訓など「何もなかった」莵道高校の康太を越える生徒は、進学高にもほとんどいない。
莵道の先生達は何かと康太に気づかってくださった。
特訓などないのは「国立大なんて、そうやっていくものではない」とわかっているからだ。
仮にすべてを教え込んで、レールに乗せるように国立大へ「運んで」も、
それにどれほどの「教育的な意味」があろうか?
この冬期講習で私は、大切に育ててきた生徒と、入念な「対話」をする。

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