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フローラル・タウンの象徴

我が町内会「フローラル・タウン」が造成されたのは10数年前だ。
「コピア」と言う製紙工場跡の土地に、マンション一つと40軒ほどの家が建てられた。
家はすぐに売れてゆき、私は最後の方で「25坪か33坪のどちらか」しか残っておらず、
金もないのに「清水の舞台から飛び降りて」33坪の今の家を買った。
「まちゃみちゃん一家」も同じ町内にいた。
40軒もの家があると「町内会を作ろうか?」と言う話が自然に出てきた。
ゴミの出し方・小さな公園の管理・町内の維持管理などを決めなくてはならなかったからだ。
でも、誰がやる?誰もが仕事を持っているし、町内会なんて「ど素人」ばかりだ。
「私でよければ、お手伝いしましょう」。4人が手を上げ、その中に私とイケミズ先生がいた。
イケミズ先生は退官間際だったが、京教大の美術の教授をされていた。
2ヶ月に一度先生のお宅に4人が集まり、おおざっぱな取り決めを決めるうちに、
私はこの先生が大好きになった。
芸術家は、良くも悪くも何らかの「癖」があり、中には付き合いづらい人もいるが、
イケミズ先生にはそういうところが無く、純に、素朴に生きる人だった。
「人はどう生きるのか」をよく考えておられ、穏やかな方だが、
「偉そうな権力の行使」には猛然と立ち向かわれた。そこは芸術家らしい。
先生が会長で、私が副会長。共に「私利私欲のなさ」が共通しており、
町内会の集まりもスムーズに流れた。よその町内会会長をしていたと言う人は、
「町内の取り決めなんて、そう簡単には行きません。町内会費を決める?
 ワイワイとケンカになって、3時間でも決まりませんな」
その時の司会は私だった。
「100円、300円、500円と、三つの案を用意しました。
 100円だと安すぎますか?500円でもいいけど、何に使うかも決まってません。
 ここはとりあえず、300円でいかがですか?」
「異議なし!」
2~3分で決まってしまった。これは会長のイケミズ先生がおられたからだ。
「3時間でも・・」と言われた方が会長の時には2時間でも決まらず、
「ケンカ別れ」みたいなこともあった。
「わしの都合のいいように、わしが決めてやってるんだ」そういう態度に住民全員が腹を立てたのだ。
いくつか話を聞けば、そう言う町内会も珍しくはないらしい。
イケミズ先生が前に立たれれば、そう言うことはなかった。
やはり「人柄」が出るのだろう、奇特な人である。
そのイケミズ先生が引っ越すと言って、挨拶に来られた。びっくりした。
先生はまさに「町内の象徴」で、おられるだけで安心できたのに・・・
「私ももう74歳。あと10年、美術活動をしようと思います。
 実は今でも尼崎にアトリエを持っていて、もともとはそこに住んでいたんです。
 外国の人を招いたり、東京に出ていったりと、あと10年を考えると、
 そのアトリエの方が何かと便利なんですよ・・・・・」
そうなのかあ・・・残念で仕方がない。あと1週間で引っ越されるらしい。
先生からお聞きしておきたいことは山ほどあるが、特に「人生観」は聞いておかなくては・・・
週末にでも一席設けて、ぜひお話を聞いておくとしよう。
何人かに声をかけようかな?
最初に会計をやってくださった元銀行員のイワシマさんなんか、暇だから参加するな。
まちゃみちゃんも「飲める」となったらすぐに出てきそうだし。
残念な会だが、ぜひやっておきたい。

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