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怒り続けている

なかなか昔を思い出す暇もないのだが、昔から私は生徒や親や、世の中に怒り続けている。
よく誤解されているのだが、私は「勉強が出来る子」が好きなわけではなく、
その時点でどんなに力がなくても「学ぼうとする子」が好きなのだ。
逆に言えば、学ぼうとしない子は大嫌いだ。
「それじゃあだめだ、何も身に着かないぞ!」「けじめをつけて勉強せんか!」
「遅刻するな!休むな!それが心の構えだ!」
何とか学ばせようと、昔から怒り続けている。

「どうすれば学力が伸びるか」というテーマで、内田さんが内田さんらしいことを書いている
「まずは『自分には、まだまだ学ぶべきことがたくさんある』という自覚を持つことです。
 『自分は何でも知っている。もう学ぶことはない』という人には学力がありません。」
学力とは「学ぼうとする力」なのだから、まったくその通りだ。
はなから「勉強する気はないけど、親が言うから来てやった」などと言うガキは
最初から「ボコボコ」にし、追い出す奴もいれば、辞めていくガキもいた。
「次に師(先生)を見つけることです。そのことを誰に教わればいいのか。
 まだ何も知らないのだから師がいなければ学びは起動しません。
 師は生きている人でなくてかまいません。本の中の人でもいいし、テレビの中の人でもいい。
 至る所に師はいるのです。そのうちの誰を師にするのか。それを見つけるのも学力です」

「そんなのいらない。自分で勉強する」というのは今も昔もいるが、では、勝手に学ぶがいい。
世の中を自分一人で渡っていけると思っているのだから、やってみるがいい。
その結果など、私の知ったことではない。

「最後に『師をその気にさせる』ことが大切です。『こういうことを、こういう風に教わりたい』
 などと言っても、師は教えてはくれません。同じ本を読んでも、学ぶ人と学ばない人がいます。
 その違いは『教えてください、お願いします』と言えるかどうかです。
『私には学ぶべきことがたくさんあるようです。先生、どうか教えてください』
 それが言える人には、すでに学力はあるのです」

それが・・・いまどき塾もコンビニも同じ感覚なので、
「ほらあ~、お金を持って来たんだから、僕が気持ちいいように、楽に点数が取れるようにしてよ」
というのが目につくんだよね。それを受け入れる塾ばっかりだし、仕方ないけど・・・
私は別に、私を師に選んでもらわなくていいし、選ばれるほど大それた人間でもない。
それでも、にっこり笑って「これはこう解きますよ」で済ますような、
そんな「表面的なこと」で済ますようなことが嫌いなのだ。学力をつけてやりたいのだ。
「解き方だけ教わって、その他はプライベート、さわらないでほしい」というのと、
「根本的な学力を目指す行為」とは、きっと、相反するものなんだ。
だから私は昔から怒り続けているんだな。
やれやれ、それはこの先も、変わりそうにない。

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