FC2ブログ

「やりたいこと」より「やれること」

私立高校へ進み、卓球ばかりしていた康太の同級生がいる。
「もう、卒業だけど、どうすんだ?専門学校か?どういう所へ行くんだ?」
彼は自嘲気味に笑う。
「どうしたらいいのか、どういう所へ行けばいいのか・・まったくわからないんですよ・・・」
試合会場で、その父からは聞いていた。
「卓球は三流で終わってしまった。私立大学へ行く頭も、金もない。専門学校すら苦しい。
 好きなことを見つけて、それをやって、生きていけばいい・・・」

好きなことを・・・そう言うのは、若者には酷だ。息子は正直に私に言っている。
私が大学を卒業する時、研究室の仲間は全員同じことを言っていた。
「お前、就職はどこへ行くんだ?」どこへでも就職できた時代なのに・・・・
「いや、まったくわからねえ、決めてない。お前は?」
「俺も決めてねえよ!・・・本当に・・どこへ行けばいいのかな?」
働くとはどういうことなのか、何をするのか、どこへ行かされるのか。
何もわからず、漠然とした不安を抱えていた。
遊びなら好きなことをやればいいけれど、仕事は「そうはいかない」ことだけは感じていたから。
すでに働いているどの先輩も、「きつい。つまらねえ。やりたくねえ」というばかり。
就職試験ギリギリになって「仕方なく」、皆は腹を決めるしかなかった。
「しょうがねえ・・・ま、なんでも、やれることをやるさ・・・」

今思えば「ゲゲゲの女房」の結婚と同じだ。
大好きだからと結婚したのではない。どうしてもやりたくて、その仕事を始めたわけでもない。
すでにその仕事は動いており、わけもわからずその中に飛び込んで、仕事を覚えていった。
「理想の相手を見つけ、大恋愛の末に」などと言えば、誰も結婚など出来ない。
「自分の特性を生かせて、やりたいことを」などと言えば、誰も仕事にはつけない。
「誰にでも出来て、1日2~3時間で、月収30万円」などという仕事など成立しないのだ。
仕事は、自分・家族・国という神輿の「担ぎ手」になるのだから、どれもがきつい。
その中で少しでも面白さや楽しさを「創り上げ」られれば、結婚も仕事も続く。
そういうものを創り上げられなければ、何をやっても駄目だ。
そういう力を、教科を通して身につけさそうと、私も日々頑張っている。

「・・・例えば、構造的に儲かりはしないけれど、介護の仕事ならいくらでもあるし、
 とにかく食べてはいける」
「え?そうなんですか?」
「そう、やりたいことじゃあなくて、やれることを、探さないとな・・・」
「そうですね・・・わかりました・・・」
彼は、少しだけ安心したような顔をした。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

河原

Author:河原
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR