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受け入れて生きる・ゲゲゲの女房

特に水木しげるのファンでもなく、ドラマも総集編をチラチラ見た程度だった。
ふと見ると「ゲゲゲの女房」の本が転がっている。真子が学校から借りてきたらしい。
金曜の夜11時から3時間かけて全部読んでしまった。面白いし、感動した。
私の胸を打ったのは、女房・ぬのえさんの「すべてを受け入れて」淡々と生きる姿だった。
29歳で水木と見合いし、5日後に結婚式。
そういう時代とはいえ、ただ「この人と生きていくんだ」と思ったようだ。
大恋愛の末に結婚し、生涯愛し合ったままに・・・は理想だろうが、それは幻想だ。
「好きでないと結婚しない」という風潮の中、いったいどれほどの独身男女がちまたに溢れていることだろう。
「二人で懸命に生きていれば、愛情も創り上がりますよ」ぬのえさんもそう言う。
生活はずっと「赤貧、洗うがごとし」。
税務署職員がやって来て「収入をごまかしていないか?」という。
「その収入で生きていけるはずがない」というのだ。水木は「質札」の束を突き出して
「俺達の生活が、あんたらに、わかるのか!」と怒鳴ると、黙って帰って行ったという。
懐妊したときには夫婦で戸惑った。
二人でも食べられないのに、子供を食わせられるのだろうか・・・?
みじめな思いをすることは何度もあったがしかし、悲しく思ったことは一度もないという。
それどころか、今思えばその頃が「一番楽しかったかもしれない」とまで言う。
水木は女房のことを「生まれてきた。だから生きている」ような人だと言う。
私はそういう人が大好きだし、生きるとは「そういうこと」かもしれないと思い始めている。
人生に「その意味」など問うても、その答えを出せる人などいないのではないか?
暑い夏のさなか扇風機もなく、額にタオルを巻いて流れ落ちる汗を防ぎ、
まだ売れもしない漫画を、来る日も来る日も描き続ける水木。
その背中からはオーラが立ち上り、「これほどの努力が、認められないはずがない」
と、ぬのえさんは「確信していた」という。
金持ちになるとか、そういうことではない。「きっと生きていける」という意味だ。
私も私が予習している姿を後ろから見られて、派手な動きも何もないのに、
「迫力とエネルギーがものすごくて、近寄ることも、声をかけることも出来ない」
と言われたことがある。どうやら水木も私も30歳頃から同じことを繰り返している。
それは懸命に、知らず知らずのうちに「未来への貯金」をしていたのではないだろうか?
ただ、本人には「貯金」の自覚もなく、ただ懸命なだけではあるが。
私程度の男が、ずっと貧乏ではあっても、それなりに食べてこれたのは、
その「貯金」のおかげだろうと思う。

日曜は朝7時から家族で大原へ出かけた。
康太も真子も受験生であり、康太など毎日呆れるほど勉強しているが、
「家族でのお出かけ」に疑問などもったことはない。「そういうものだ」と受け入れている。
朝市で野菜や鶏肉を眺め、食堂で「朝定食」を食べる。
味噌汁・少しずつ取った5種類の漬物・生卵かゆで卵がおかずであり、
ご飯はご飯かお粥が、味噌汁と共に食べ放題で、ひとり500円。
質素ではあるが、とても美味しい。康太も私もご飯2杯にお粥、味噌汁4杯。
真子はダイエットで1杯だけ、女房はこういうものは「詰め込めるだけ」詰め込む。
家族全員で幸せを感じる。
腹ごなしに寂光院までを歩いて散策し、反対の三千院までも行き、「アイスきゅうり」を食べる。
歩きながら家族であらゆることを話す。
生きることはそれだけで、幸せだと思った。

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