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どうやって勉強したらいいですか?

最近多くの後輩から、康太はそう聞かれるそうだ。
「・・・って、ただ勉強すればいいんやけど・・・お前、テストはいつも何点くらい?
 ・・・すると・・・とりあえず・・これを勉強せなあかんかな?・・・」
たいていの場合答えに窮するらしい。家で母親に話している。
「勉強しろって言うのは簡単やけど、その子がこなせなければ意味がないし、
 その後輩の今の能力がわからんと、アドバイスは難しい・・・」
いいところを見てるねえ。それは「職人的な教師」の眼だぞ。
後輩だから、1年か2年生だろう。その時期は将来を見据えて、土台づくりである。
ただ、その「将来を見据えて」が、生徒一人で出来るものではない。
だから「その先」を知っている「教師」の存在が必要なのだ。
鍛え、育てるのは「技術」ではない。「習得する心」だ。
そこを、国・教師・市民・学校・塾、すべてに勘違いがある。
「いかに効率よく解を得るか」、それを伝えることが教育だと思っている。
それはもう、コンビニで肉まんやおでんを売ることと同じことである。
「はい、ほかほかの肉まんですよ。カラシをつけるとおいしいですよ」
「大根とガンモと卵ですね?出汁をたっぷりとサービスしますね」
「この問題は、ここをこうしてああして、ほら、これで解けますよ」
・・・同じだ。しかしこれは我々の世論がそうさせたのですよ。
「肉まんを買うように、教育も売ってくれ」と望んだのは、我々の側だ。
教育とは、そういうものじゃない。
「おや?この問題は何だ?ひとつ・・・解いてみようか・・・」
そういう態度を創り上げ、その時を迎えさせてやることが教育である。
そこへ行くには、多くの基礎知識と修練がいる。
それを飛び越えて、いきなり「今から毎日家で6時間勉強すれば、大学に合格できますか?」
そりゃあ、それが出来れば合格できるだろうけれど、いきなりは出来ないって。
英語の長文1ページの中に、知らない単語が二つ、忘れていた文法が一つなら調べも出来るが、
文法を何一つ知らず、知らない単語が30もあれば、自力では何もできない。
それを「だから今すぐ、何とかしてくれ」って言うのだけど、何もしてやれませんよ。
仮にそれを何とかしても、私にはとてもそれが「教育」だとは思えない。
だから私は「受験学年」の生徒を取らないのだ。何もしてやれないもの。
あらゆる塾もそのことは知っているけれど、そこは「商売」だから、いくらでも取る。
生徒や親も「このままじゃダメ」なんだから、何かにすがろうとする。
かくして愚にもつかぬプリントをやらせ、巨額の金を支払うことになる。
別にもう、それを批判もしない。
「勝手に“教育ごっこ”をやってれば」と思っている。

康太は私の思想と実践を8年間も見てきたので、とらえ方が理解できるのだろう。
だから後輩にアドバイスを求められると、戸惑ってしまうのだ。
莵道は今日から2日間が文化祭で、康太は朝早くから出掛けて行った。
今日のお昼に「劇の発表」があり、早朝に「最後の練習」をするのだと言う。
1年の時の「電車男」で優勝しているので、3年でも優勝するつもりのようだ。

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