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新高1

本の表紙
合格を決めたばかりの新高1の、早くも初授業だ。
親がこの子達に教育を受けさせる義務を負う義務教育は終わっている。
なのになぜ、高い金を払ってまで塾へ来るのか、来させてもらえるのか、
その意味は少しずつでも、この子たち自身がわかっていかなければならない。
小学、中学までは覚えることが賢さであり、覚えられる子は威張っていた。
この子達は覚えることが苦手で、アホだと劣等感すら持っていた。
けれどそれは賢さのほんの一部であり、ミリ単位の優劣を言っていただけで、
本当にはほとんど差などなく、未熟者という意味で、みんなまだアホだ。
暗記できて威張っていた子がそのまま進むと、ものすごい壁に突き当たり、
何もわからなくなってしまうことは、昔からありふれて見てきた。
高校まではまだ教科の答えがあるが、大学や社会では答えがない。
わからない答えにどう迫っていくのか、その迫り方こそが賢さだ。
私の数学は1からどころか、0から始めて10まで進む。
やって来るすべての子が壁に当たり、なんとかしようと考え、工夫する。
その工夫を見つけることこそが高校教育の本来だと考える。
人生は、生きることとは、「簡単に、わかりやすく」
とはいかないことは誰でも知っているのに、なぜ子供にその準備をさせないのだろう?
この子達にはその準備をさせる。
なぜそれがわからないのか?どこがわからないのか?どうすればわかるのか?
そういう作業を通して、どういう方向で先に進むのかを考えさせる。
3年後にすぐに社会へ見習いに出てもいいだろう。
必要ならば大学へ行くこともあるかもしれない。
それを自分で見分けられるように、この子達を賢く育てたい。
そのためには、私もまだまだ頑張らなくてはならない。
中学までとは、はっきりと質の違う学びが始まる。
どうせなら、なるべく楽しくは、やっていきたい。

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