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学びのフォーム ③ (善という悪)

表紙
学んだことは頭にとどまるのでなく、身体の中に溶け込んでいくことで血肉となり、
その子の学びのフォームになっていく。しかしそれには時間がかかる。
それはもう、どうしようもなく時間はかかるもので、
食べたものを胃や腸で消化吸収するのに時間がかかるのと同じだ。
すると誰かが「食べやすいもの、消化しやすいもの」を考える。
それ自体は正しく、善だといえる。
しかしそれが進みすぎると、その子の噛む力や、吸収力は落ちてしまう。
皆が目先の点数を求めるので、塾はテスト直前に過去問ばかりをプリントする。
それも「柔らかいもの、食べやすいもの」と同じだ。
ただ、なぜそこで子供を観察しなくなるのだろう。大半の子は自分で考えなくなる。
何も考えなくても、誰かがプリントを出してくれて、それのいくつかを覚えれば、
そこそこの点が取れる。これほど楽なことはない。
そういうことが学ぶということだと、次第に思い込むようになる。
そこに学びの、人生のフォームづくりはなくなってしまう。
どこが間違っていたのだろう?点取りのお手伝い自体は悪でもない。
様々な力と方向を向くベクトルがある中で、全体を見たときに、
全部を集めてきて見え始める学びの方向性。それがわからないのが弱点だ。
誰もが正しいことをやっているように見える。それが悪になるとは思いもしないのか。

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Re: 限界から芽生える力と見えるもの

> 今朝はセドナの全体が見渡せる山に登りました。
> 断崖絶壁…昨日の儀式で変わったのかはわかりませんが、山頂で裸足で寝転がりました。
>
> 大地と太陽に受け入れられる感覚、風の音、初日のガイドさんに変わりましたねと言われました。
>
> 初日は、怖くて登れなかったのですが、不思議とギリギリの崖を登りました。
>
> 昔は子どもを山に2日くらい置き去りにする儀式があったそうです。コヨーテとかタランチュラいますよ…
> 目的は限界の状態で山で生き抜くこと。
> 食べ物もなく、助けもない、子どもは迎えが来ることを知らない。
>
> 最初は不安で泣くしかできない、でも、生きるには動き出さないといけない。
> どうしたらいいか?食べ物、寝るには?危険から逃げるには?第六感と覚悟が芽生えるそうです。
> もちろん、親も心配です。でも、一人立ちの儀式です。それまでなのか、この先生き抜けるか…
>
> 本人と自然の神様が決めることだそうです。
> 厳しいけれどここで終わりなら、この先親が育て続ける命。それは自然では生き残れない命。神に返す命。
>
> 今の教育に失われたものかもしれないですね。
> 先生は勉強で叩きのめしてますが。笑
> 本当にやるべき人は。親。
>
> 親はその儀式までに、生き残れる手段と心、知識を必死で育てる。
>
> 儀式の間、子どもは、幻聴、幻覚が見えてくるそうです。
> そこで、自然に生かされていることを実感するそうです。
>
> 命の大切さ、自然への感謝、親への感謝、守られてきたことへの気づき…
>
> なんか、すごいですね…
>
> 大人の私が恥ずかしいです…
>
なんだか心揺さぶられる話だなあ。もっと聞きたいし、写真も見たいな。
23日なら5時半に終わるし、夜に居酒屋へは行けるし、
日曜ならキセンボウだって行けるぞ。
こちらへ戻れるなら声をかけてくれ、ウネを呼んでもいいな。
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