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国語

センターテストが共通テストと名前を変えるけど、
そこでも大きく取り上げているのは国語の在り方だ。
昨日中1のカナミが持ってきた中学テストの構造変革の説明でも、
国語をどうするか、能力をどう上げようということが書かれていた。
どの教科であれ現場の教師は皆知ってるんだよね。
「日本語がおかしい、言葉が通用しない」って。
それはもうとっくに社会では言われてたよね。新人に言葉が通じないって。
だから小・中・高校でなんとかしようとしてくれるんだけど、
授業やテストの「形」をいくら変えても、それは同じ結果になるだろう。
どんなにビデオやプリントを整備したって何の力にもならない。
それは単に「道具」に過ぎないからだ。
まあ、道具の性能を上げることは無駄ではないけれど、
教育の根幹を成すのは「人同士の関わり」だ。
面倒くさくて失敗ばかりするけれど、道具を使って生徒と関わるしかない。
教師がうまくやれたかは、実はあまり関係はない。
関りの中で生徒が何かを見つけていく・・・教育ってそういうものじゃないの?
それを道具の中身を「どれほど覚えさせたか」ばかりを見るからおかしくなる。
そりゃあ受験直前だと「とにかく覚えさせて、ギリギリでも合格を」はあるけど、
それは特殊な状況であって、ずっとそればかりをやると教育はゆがむばかりだ。
カナミとケンシロウは2度目の宿題を持ってきた。
1度目は作文がマス目の半分しか書けておらず、解答ミスも多かった。
「いい文章なんだから何度も読まないとダメなんだぞ。作文は
 マス目一杯になるようにするもんだ」
そう言っておいたが、二人ともすごく改善してきていた。
「こんなにきちんとできるじゃないか」
そう褒めると、ケンシロウは何ともうれしそうな顔でほほ笑んだ。
「あとは、字を見やすく書くことだな」
そういうことが関りであり、教育だと思う。
ま、学校も頑張ってもらいたい。

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