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もっと学べ

まだ学びを続けられるところへ全員が進路を決め、ほっこりしている。
しかし昨日も書いたが、これは上りでも終わりでもない。
私も大学へ行った時と社会へ出たときには
「もう、勉強なんてしなくていいんだろう?」と思ったもんですよ。
ところが、そうじゃなかった。考え続け、勉強し続けないと生き残れなかった。
いや、思考を止めて単純作業として仕事をしても最低限生きてはいけるけれど、
それはSNSのアルバイトみたいに、悪ふざけにしか楽しみを見つけられなくなる。
そうなる原因の一つが、私がそうであったように、
勉強が、学びが「答えを暗記すること」だと思い込んでいることにある。
本にもずいぶん書いたが、中学までは覚えることが勉強だ。
現場に出る前に道具の名前を覚えるんだもの、それでいい。
けれどそれって、まだ学び以前の勉強ですよ。
高校からは理論を納得していく学びになる。本当の学びの始まり。
けれど最近は卓球をやっている身近な子たちを見ても、
「もう、勉強は中学まででいい」という、かつての私のような子らが目立つ。
そうなると理論なんてどうでもよくなるし、せっかく高校へ行っても
何をしに行ってるのか、訳がわからなくなるわね。
そしてそういう子らも、どこかの大学にまで行く。
本当には、大学以降は答えのないものに踏み込んでいくものですよ。
そういう場で「答え教えてくれよ、覚えてやるから」なんていう。
口に出さないだけで教師は「どうしようもない」と思ってますよ。
そもそもそういう勉強は単純労働と同じで、面白くもなんともない。
そりゃあつまらなくて嫌になるわね。それで悪ふざけで発散する。
それは自分で気づくしか直らないですよ。
そして高校までの教師は、生徒がそれに気づくようなアドバイスをし、
教科を利用してそこに関わるのが仕事だ。
しかし今は世の中が寄ってたかって、教師にその仕事をさせなくなっている。
「そんなのどうでもいいから、上手に覚えさせて、進学させてくれ」と。
進学が上りなんだよね。それが行きついて、生徒も教師も学校がつまらない。
まあ、数は少ないとはいえ、学びを目指す子もいる。うちの生徒たちだ。
新高3の連中は暇さえあればフリースペースで自主勉強している。
だから私も楽しいですよ。
学びには上りなどない。どこまでも学び続けるだけだ。

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