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日常は続く

東北の被災地へいろいろな支援が届くようになった。
石原軍団は1週間、寝袋に寝ながら炊き出しをした。お金を何億円も出す有名人も多い。
プロゴルフの石川なんて「今年の賞金全部」って、ほんまかいな、すごいね。
どれもが私には出来ないことばっかりなのでケチのつけようもない。
そうかと思えば、
「避難民を受け入れてやるけど、放射能を『除染』してから来いよな」
という市役所もあれば、運送業には
「福島県には入るな!入ってしまったら車を奇麗に洗って返せ」
というところもある。
塾生の親にもいるが放射線医師だと国の基準以上の放射線は毎日のように浴びてるし、
癌の元となる「活性酸素」は確かに放射線で増えるのだが、
普通の運動をするだけでも活性酸素は「数十万~100万個ほども出るもので、
基準程度の放射線による増加は「5~10個」だという。
100万個のうち10個・・・それを人は「汚い、移るかも」などと大騒ぎするのだ。
「心の傷」に対するマスコミの扱いもそうだね。
「心の傷だけは決して残してはならない。十分なケアを!」
と声高らかに言うけれど、肉親を目の前で亡くした痛みなどケアできるものだろうか?
心の傷を何一つ残さないで生きる人などいるのだろうか?
心の傷に耐えることが生きること「そのもの」だとすれば、
100万個のうちの10個のケアと同じことのように思える。

被災から生き延びた人たちも、これからの「日常」を、さらに生きていかなければならない。
原発の放射線は数10年のケアが必要だろう。
そこに必要なのは「共に生きてゆく」という意識だ。同じ日本に生きているのだから。
炊き出しのボランティアも義援金も頭が下がる。なかなか出来ないことだ。
けれど「それ一回で終わり」では、受けるほうの気持ちも複雑だろう。
テレビドラマのラストは大概が「感動のシーン」で終わる。
しかし現実には、その後の「長い日常」が待っている。それを共に生きなくてはならない。
教師の仕事は、生徒を高校や大学に入れる「一瞬」ではない。
生徒達にはさらに長い、その後の日常がある。私はそれを睨んで指導をしている。

りょうちゃん、に再び来てもらって、ホームページの「文字化け」を直してもらった。
悪戦苦闘して、結局は「書き直し」したのだけど。
やれやれ・・・どんなことにも「その後のケア」は必要なようだ。

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