早いうちに泣いておく

私はかつて、何とか府立高校に合格した時、
「今まで勉強しなかった分、高校では力いっぱい勉強しよう」と心に誓った。
春休みに本屋へ行き、中1・中2・中3の英語の問題集を買ってきて、
勝手に自分で解きまくり、読みまくって、知らなかったことだらけに驚いた。
受験前にやっておけばいいのに、受験後にやったんだからあきれる。
それからはコツコツと、だらだらと勉強は毎日やった。
しかし・・・2年・3年と学年が上がるほどに、数学の公式はすぐ覚えられるのに、
応用題になるとさっぱりわからないし、歴史の年号などもまるで覚えられない。
頑張ってはいた。
英語の単語や熟語と同じように、社会の教科書も何度も紙に書き写し、
手が覚えるくらいにしようとしていた。けれど・・・さっぱり覚えられない。
自分の能力のなさ、アホさには何度も泣いた。
・・・その時の私にはわかっていなかった。
そうやって自分なりに工夫し、努力してみることこそが勉強そのものだとは。
さらに、当時の私は「棒暗記」しようとし、その構造には目が行っていなかった。
それがどういう味なのか味わうことを知らず、食べられるだけ詰め込もうとしていた。
腹いっぱい食っているつもりなのに、まるで身にならない。また涙・・・・
今思う。どこかにいる秀才ならいざ知らず、私のような凡才には
勉強の初期とはそういうものだと。
さらに思う。どうせなら最初から、少しでも味がわかった方が、
わかろうとする方向性があった方が「闇の時期」は短く済むのではないかと。
だから生徒が自分のアホさに泣くのは「そういうもんだ」と思うが、
せめて味の確認はその都度やるような、今の指導スタイルを取っている。
「ほら食ってみろ。どうだ、そこに出てくる甘さとはだなあ・・・
 な、なに!すっぱい?!・・・い、いや、甘みの中に少しは辛さもあるけど、
 すっぱさはないはずだけど・・・え?もう一度よく味わってみろ。
 やっぱりすっぱい?変だなあ、そんなはずはないんだけどなあ・・・」
ちょっと顔面に右フックをお見舞いして、舌の感覚を直そうとする。
生徒は味わうどころでなく、痛さに泣く。
下手な指導だけど、私のような凡人が泣きもせずに人生を歩けるはずもなく、
早いうちに泣いておくのもいい経験だろう。
ま、私も「根はやさしい鬼」だから、小5や中2までを泣かすようなことはめったにない。
しかし高校以上、今日の高1・高2は・・・さあ、どう泣かしてやろうか。
そんな授業ばかりだ。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: 教える立場

> 教える立場になっても、日々、自分の力なの無さにオロオロしてます。
> 甘やかすのも、叱るのも、どちらも生徒の成長を願ってのこと。
> 伝わるのは何年も後ですが。それでも、楽しい仕事です。

そして何年後かに卒業生の一人が帰ってきて、
その後の人生や一緒に過ごしたころの懐かしさを語ってくれることがある。
それが教師の、最大の報酬だろう。
プロフィール

河原

Author:河原
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR