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成績表

新中2に成績表を持ってこさせた。たまにはデータも取っておかないとね。
どれどれ・・・去年や一昨年の子達みたいに「5ばっかし」みたいな子はいないけれど、
たいてい一つくらい5ももらっているし、3から5までまんべんなくあるな。
どうせなら1や2も取ればいいのに、それは一つもないねえ。
昔のうちの生徒は「1がずらりと」並ぶ子が多かったので、それが懐かしいほどだ。

5に喜ぶ親がいて、3に泣く親もいる。私にはどちらもわからない。
5だと「何でこの子は、こんなに出来るのだろう?」と思うし、
3だと「十分じゃないか♪良く頑張ってるなあ」と思うだけだ。
何しろスタートが「オール1の子達」だったので、私には「その子を見つめる」ことしか考えられなかった。
同じ3でも「精一杯」なのか「サボった」結果なのか。
精一杯なら褒めてやるし、サボっていれば「サボったこと」に叱ってやる。
3という数字自体をどうこう言ったことは1度もない。
「どうしてうちの子は5を取れないのだろう?」
そういう人は子供を「カップ麺」と同じように思っている。
「3分経ったらすぐ出来る。色々な味もあって美味しい♪」
そりゃあ「ラーメンの進化」はものすごいけれど、子供はそうじゃない。
子供だけじゃなく、我々大人も、昔の人に比べて賢くなっているのだろうか?
これほど豊かになったから、これほど技術が進んだから、人も賢くなった?
え?携帯は確かに進化したけれど、それを使う我々も賢くなってるの?
絶対に、そうじゃあないと思う。我々はそれほど賢くはなっていない。
決して子供も「3分で」賢くはならない。
だから子供には「少しでも賢くなろう」とする姿勢、素養を備えさせるのが教育だ。
教育とは点取りを目指すものでなく、3分で結果を残すことは出来ない。それを
「おかしい!3分で賢く出来ないのは、教師のお前が下手なのだろう!」
と、学校の教師に文句を言う親もいるが、それ自体が「勘違い」なのだ。
そんなこと誰にも出来ないって。もちろん私にも出来ない。
教師は「生徒を賢くしよう」と精一杯頑張ってますよ。
けれどそもそも成長期の子供は「すぐに賢く」なることはないものなのだ。

1ばかりの通知表を私に見せ、小さくなっている生徒。
この子をどうやって生きていかせようか?足りないものはなんだろう?
何を鍛えさせておかないといけないのだろう?
そんなことばかりを考えていた。1だか5だかは通過点に過ぎず、関係はなかった。
私の考え方は今も、何も変わってはいない。
ごめんね、5だからって褒めてやることもなく、3だからって悔し泣きもしてやらなくて。

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