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健康で賢く育てる ②

大学卒業後は大手建設会社で現場監督をし、仕事を覚えるのに追われた。
そのころの企業の仕事はすさまじく、残業月200時間は普通だ。
辛くてやめる奴はいたが、自殺する奴が今より多くはなかった。
市民卓球クラブで小・中学生に卓球指導もし、どんどん全国大会へ行くようになり、
「教職こそ天職」と思い立ち、高校数学教師になろうと、
不足2教科を取るために会社を辞め、28歳で大学へ1年間戻った。
世はバブル期。時給50万円の予備校講師は何人もいて、
塾は生徒であふれ、人気を取ろうとゴジラの着ぐるみで現れる講師もいた。
「これを・・・教育というのだろうか?教育って、何なのだろう?」
そのころから遠山とシュタイナーの文献を読み漁るようになった。
京都へ帰り高校採用試験を受ける傍ら、数人の生徒に数学を教えもする。
試験に落とされるうちに、この教室を立ち上げることになった。30歳だ。
「知識は頭でなく身体まで落とすんだ。すべての子を健康で賢くするんだ」
すべての問題を時計を見ながら解き、生徒を黒板に立たせる時間を考えた。
すべての理論をシェーマ(図)にし、時間をかけて生徒に書かせた。
あらゆることに先回りし、全部美術的な絵にし、それが芸術教育かのように思っていた。
しかし全部の子が賢くなることはなかった。理解の進まない子もいる。
そういう子が一人でもいることが屈辱のように思え、さらに工夫も考えた。
教育とはそういうものだ・・・ということに思い至らない最初の10年だった。
すべてのことに私が先回りするのは、生徒が工夫する余地をなくすことでもあり、
たくさんのシェーマや厳選した問題が生徒を育てたわけではなかったのだ。
私が苦悩し、新たな教材を作ろうとする姿や努力に生徒が触れ、
それが心のどこかに残るとき、それこそが生徒が成長するきっかけになった。
教材は道具でしかない。作業の中で生徒にどう関わるかが大切だ。
そういうことに思い至るのに、さらに10年が必要だった。

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