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大人の部分を

木曜は中1と中2の授業。どちらもまだまだ子供だ。
子供は無邪気で、素直で、天使のようだと表現されることもあるが、
現場で見ている小・中学校の先生で、それに同意する人は・・いないと思う。
それはそういう部分も持ってはいるが、基本的には本能むき出しと言った方がいい。
赤ちゃんの頃も本能だけで生きているが、ちいさくてかわいいから育てられる。
子供がもし中1の状態で生まれてくるとしたら、同じように育てられるだろうか?
うんざりして育児放棄する親ばかりになるのではないかと思う。
本能むき出しのままでは他人と寄り添って生きていくのは難しい。
本能とは煩悩と言ってもいいのだろうか?だとすればそれは直るものではない。
それはそのままにあるが、それを抑える“大人の部分”を、その横に育てるのだ。
簡単に子供を殺してしまう最近の犯罪者の言動を聞くと、
「ゲームの中の人間が殺せというからやっただけで、悪いのはそいつで、自分は悪くない」
など、大人の部分が育っていないことがよくわかる。
大人の部分を育てるために学校の教科はある。
数式や公式、単語や漢字も覚えなくてはならないが、それよりも大切なことは、
時間を守る、挨拶をする、話を聞く、考えながらメモを取る、後片付けをする・・・
そういうことを身に付けさせるために教科を利用するんだ。
どこかへ合格するための、点取りの手段ばかりがクローズアップされて、
そういう部分は顧みられなくなり、結果として「学力」が低下するのは当然だと思う。
中1にもまともな文字が書けない子がいるが、その「支援」とは何をするのだろうか?
口を酸っぱくして「下手でも、せめて見やすい字を心掛けろ」と言い続け、
その子が面倒くさがろうが、嫌がろうが、指導を繰り返すことではないだろうか。
そのまま好きにさせて、心地よくさせるのが、小・中学生への支援だとは思えない。
中2タツキの字も1年前はとても読めなかった。
そういう子は共通するが、どうしてミミズのような字を、あんなに小さく書くのだろう?
叱る・脅す・殴る、嘘でも褒める・おだてる・いい気にもさせる・・・・
ありとあらゆることで指導を繰り返してきた。
昨日ふと気づくと、字が大きくなり、ずいぶん見やすくなっている。
話の聞き方、ノートの取り方、思考の深さは格段に上がっている。
大人の部分は確実に育ちつつあるのだろう。
私がやっている数学とは、そういうものだ。

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