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歴史と同じ

「ひと くうに くるしくなる 世界大恐慌やぞ」
1929年をそういう風に覚えるのだと、中学の時に友人からきいた。
なるほど覚えやすい・・・それが失敗の始まりだった。
歴史とはいつそれが起こったのか、その年号を覚えるものだと勘違いしてしまった。
たくさんある事件や戦争などの年号が全く覚えられない。
そういう「語呂合わせ」の本もあったのだろうが、私にはそれすら面倒くさく、
それぞれの出来事は何のかかわりもなく、一つ一つの「点」として存在していた。
世界大恐慌はなぜ、どのようにして起こったのか。それは日本のどのころか。
人々はどのように生活し、さらにどういう出来事につながっていくのか・・・
大きな出来事は点で起こっているはずもなく、つながり合って線となり、
さらに広がって面となっていく。それが歴史の「理解」と言うものだろう。
それが・・・中学・高校時代の私には全く分かっていなかった。
年号と出来事を何度も紙に書いたりして、時間も書けてそれなりの工夫もしたのだが、
根本的なことが間違っていて、年号すら覚えられなかったのだ。
本当には「何年ごろ」でいいのであって、年号そのものにはあまり意味もないのに。
当時の私は数学でも「年号暗記」の勉強をしていたのだと思う。
時間は書けていたのでそこそこの成績は取れていたが、バカに変わりはない。
気が付くと塾ではどこも「年号暗記の早わかり」だけを競うようになっていた。
それは塾が悪いわけではない。我々一般人がそれを望み、ニーズがあったからだ。
年号暗記を言うほど客が来て儲かるのだから、当然塾はそれをやる。
もう・・・年号を暗記することが勉強だと思われている。
高校までの私のような、真面目ではあるがバカが増えるばかりのようだ。
たまの語呂合わせはいいが、そればかりだと本質からは離れていく。
若い子が・・・もったいない・・・・
数学は点をつなぎ合わせて線や面にする作業だ。なんとしてもそれを伝えねばならない。
最近の私は強くそう思い、語呂合わせ的なものは昔より減り、
そういう意味では生徒には面白みは減ったかもしれない。
しかし間違いなく線や面に広げる面白さは増えている。
もうそういう授業ばかりになっている。

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