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教育するって

7時半までの授業を終えた高1組のヒロコ・ナナセ・ユウキが職員室にいる。
コンビニ弁当をパクつきながらユウキが「2階の英語、何時までですか?」と聞く。
フリースペースにも他の教室にも3年生のかばんが置いてあり、空きがないのだ。
「9時までだけど、荷物なんか気にしないで、押しのけて勉強してればいい」
9時に3年生たちが下りてきた。ガヤガヤと話し込んでいる。
2日後の入試の緊張感で押しつぶされそうな気持ちを少しでも開放しているのだろう。
9時半に授業を終えて、私もケンタ・シュウヘイ・イツロウと1時間ほど話しこんだ。
「サテライト教育が六地蔵にも出来るなあ」
「たくさん行ってますよ。出来る奴も、出来ない奴も」
「いや、あれで出来る奴は、どこへ行っても出来ていると思う」
「この教室の方がいいよな。この空間と、この雰囲気と・・・」
私も生徒も、この教室が大好きなのだ。生徒達は知っている、この教室には嘘がないと。

サテライトや個別指導なんかの看板はすごいね。
子供達は例外なく笑っているし、にこやかに話している講師は目の覚めるような美人ばかりだ。
けっして私のような見栄えのしない「おっさん」なんか写ってはいない。
「これはこういうことですよ、わかりましたかあ?」
「は~い先生、わかりましたあ~。楽しいですねえ~」
看板の写真はことごとくそう言っている。
素晴らしいねえ・・・どうやったらそんな教育が出来るんだろう?私にはわかりませんよ。
サテライトのビデオは、いったい、生徒に何を語りかけているのだろう?
そのビデオは過去にあった「最高の授業」を映しているに違いない。
私だって年に数回は「すごい授業」が出来ますよ。
しかしその授業は、私一人で創ったものではない。
その場の空気、その場の生徒達と共に、共同作業で創り上げたものだ。
「そうじゃない。それもダメだ。そ、そう、それだ!それがいい!」
そうやって「学びの扉」を、ほんの少しだけ開ける。
その扉は私だけでも、生徒だけでも開けることは出来ない。双方の協力がいるのだ。
ビデオの中で語る教師と、それを見る生徒は、何を協力するのだろう?
それは「知識・技術の伝搬」であり、それも教育の一部だが、教育そのものではない。
教育とは「すぐに、はっきりと何か得をする」ものではない。「出来る子」だけのものでもない。
この教室の本当のすごさは、決して「進路実績」ではない。
出来ない子を出来るようにすることはとても難しく、私も失敗を重ねている。
ほとんど失敗のままに終わるのだけど、私も、生徒にも「諦め」は許さない。
そして共に歩くうち、稀に「学びの芽」を拾い上げることがある。
それを数字の例えで言うならば、「1が2に、2が3になる」みたいなものだ。
それは商売にはならないし、誰も評価してもくれない。
けれどこの教室で私や生徒がやっていることのほとんどは、それなのだ。
それをわかってくださる方もいるけれど、やはり少数派で、たいていは「実績」しか見てもらえない。
しかしそういうことを身にしみて知っている者がいる。
生徒達だ。生徒達のほとんどと、私は知っている。
だから生徒も私も、この教室が大好きなのだ。だからもっと学ぼうとするのだ。
学び方を学ぶ。教育とはそれにつきる。
明日の入試を控え、今日も朝から座敷童子達が学んでいる。

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