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10年の時を越えて

このコメント欄に小さな書き込みがあったのは10年ほど前だ。
「うちの子も見てくださいね」「はい、何年生ですか?」「2歳で~す♪」
「え・・・?ま、まだやれてれば・・・見られる日が来ればいいですが・・・」
全然実感はなかったですよ。1年、1年が精一杯ですから。
けれど、その日がやってきました。1年前から土曜の卓球に現れたんですね。
双子の男の子。やんちゃなくらい元気があって、いいですねえ。
小5から見てもらおうとされたけど、私が小学生の部をやめてしまい、
さらに2年も待たせることになってしまった。
「やっと来年中学生になります。見てください」
なんだか・・・胸がいっぱいになりましたよ。感無量の想い・・・
そんなに長い間、よくぞ私なんかを忘れずに、待っていてくださった。
これはもう、全力で応えるしかありませんね。うれしい・・ありがたい。
この10年で「子供を育てるとは」ということが、さらに見えてきましたよ。
世の中の教育論は、きれいで素晴らしい理想論で埋め尽くされてしまいました。
どんな子にも優しく、笑顔で、言葉で説明して育てる。
怒鳴ったり、手を上げるなんてもってのほかです。
子供は素直で、よく言うことを聞き、一度聞けばなんでも理解するんですね。
異論はありません。それも一つの教育論でしょう。理想的です。
けれど子供は、人というものは、そういう理想の生き物ではありません。
そもそもそういう教育があったとして、それは本当に理想なんでしょうか?
レトルト食品を作るように、衛生管理の行き届いた工場で、正確に、
均質な商品を作るように子供を育てる・・・それは・・理想なんでしょうか?
私だけでなくすべての親は、子供が商品のようにじっとしていないことを知っています。
思うように動いてくれないことも知っています。
頭に来ることが多々あって、それだからこそ面白いし、無条件で愛してしまう。
そういう「人間らしさ」をなくして、教育も子育ても成り立たないと思うようになりました。
子供って、子供だからこそ、まだものを知らないんです。
大人だってよくわからないことを、一緒に考え、求めていく。それが教育です。
一つのことを教えるのに、喜びも怒りも、希望も絶望も、全部含まれています。
そういうことが見えるようになって、私は見た目に以前より厳しくなっています。
けれど私は、初めて言いますが、それはより優しくなったのだと思っています。
しかしそんな私に10年を越えても声をかけてくださる・・・・・
やめていたスケッチブックを、来年は復活させましょう。
力いっぱい育てようとしないと、その声に応えることができませんね。
私の教育観をわかって子供を預けてくださる。そういう子が何よりありがたいです。
さっそく準備に入りましょう。授業は3月からです。
私のキャリアのすべてをもって、その子たちを迎えましょう。
ありがとうございます、頑張りましょう。

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