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予防に勝るものはない

「自分も元ヤンキーで、周りに助けられてまともになったから」
廃品回収業を営む40代の男性が少年院出の若者を受け入れることを始めた。
自宅に部屋を用意し、小さな教室では週に1~2度、数学や国語の授業もある。
費用はすべて無料。頭が下がるだけだが、しかし・・・私のキャリアが不安を膨らませる。
やってきたのは窃盗や詐欺で入っていた二十歳の若者。
オーナーの仕事も手伝い、アルバイトも始め、調理師になりたいとも語る。
そこまではいいのだがなにがしかの給料が出ると、いなくなる。
パチンコをやり、昔仲間と遊び、数日して金がなくなると戻ってくる。
「オーナーも先生も、少しも怒らず受け入れてくれた。頑張れる気がする」
しかしやってきて3ヶ月後に再びいなくなり、もう帰ってこなかった。
がっくりと肩を落とすオーナー・・・よくそこまでカメラで追えたものだ。
私はそういう施設で働いたことはないが、「更生」というのならずっとやってるので、
この結果は容易に予測しながら見ていた。
「無限の優しさ」も・・・それだけでは更生などとてもできない。稀にうまくいく、というものだ。
それも・・・時に怒鳴り合い、殴り合い、時に笑い合い、ともに泣き・・・
そういうことができたときに、稀に更生する子もいる。教育とはそういうもの。
確率的に一番「まし」なのは、最初から学びに向かい合わせることだ。
それも高校を終えるまでに基礎を作ってやらないと、もう、ほとんど不可能になる。
「学び方」を知らないと、いつまでたっても学べないかのようにも感じてしまう。
たぶんそれは私だけでなく、教育現場で働く全員が感じていることだろう。
しかし公教育では怒鳴り合う・殴り合う・共に泣き・笑うことを奪ってしまった。
言葉だけ、優しさだけでは教育は機能しない。そもそも優しさって、何を優しいというのか?
調理師になりたいというのなら、その厳しさ・辛さも問うてやらなくてはならない。
表面だけのきれいごとの優しさなど私は嫌いだ。
本気で基礎を作ろうとすれば、基本的に厳しくならざるを得ない。
その厳しさこそが優しさだと、私は勝手に解釈している。
今日の授業は中1だけ。今日も厳しく指導する。

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