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和牛の神様 考察

鎌田さんが18時間も毎日牛舎で働ける原動力は何なのだろう?
16歳で牛を育てる仕事を目指したと言うから、高校は出られたのだろうか?
おそらく大学などには行かれてないかもしれないから、“学歴”などは無関係だ。
その表情、控え目な言動から「自分は・・・そんなたいした人間じゃない」と思われているのがうかがえる。
史上初の「食肉和牛日本一2連覇」を成し遂げたが、「和牛の神様・・・俺のことか?」
とも思われているのだろう。けれど誰もが「あの人の真似は出来ない」ともいう。
その眼力、洞察力、行動力はどのように育まれたのだろうか?
詳細はわからないが、ここまでになるまでにいくつもの「師」を持たれてはいたと思う。
師匠となる人間はいただろう。けれど師は人でなくてもよい。
1冊の本かもしれない。かつて見た映画かもしれない。いや、目の前の牛だったかもしれない。
「敬いの心」を持てるものなら何でも師たりうる。それを持てれば自分を励ますことができる。
「まだまだ・・・こんなもんでは師には近づけない」と言うように。
すでに神様とまで言われているのに、「プロフェッショナル?わしはそげなもんじゃない」
鎌田さんの言葉からそれがうかがえる。
師は、見つけられれば見つけた方がいい。そのためには心の視野を広げた方がいい。
それをなすために高校までの教育はあると思う。
どこかに合格するとか、専門的な技能を身につけたりするものとは根本的に違う。
私は数学や語学をその道具に使っているが、それ自体は師にならなくてもよい。
数学をやったおかげで「こんな師を見つけた」であれば十分だ。
昨日の中1と中2はまだ幼いけれど、なんとなくそういうものを感じ始めた子もいる。
ミヤセは国立大AO入試1次審査に合格した。10倍の人数が2倍にまで減らされた。
2次は面接と集団討論。「普段の、素の自分を見てもらえばいい」そう諭した。
毎日毎日フリースペースの片隅に座り、書に目を落として来た。
それはじっと牛を見つめる鎌田さんの目を養うことに等しい。
不器用な自分がもどかしいが、それは恥ではない。学んだ時間を偉ぶることもない。
「このような準備をして来ました」と、そのままを見てもらおう。
足りなければ・・仕方がない。やれるだけのことはやって来たのだから。
ミヤセの中には、まだ自分でも気付かぬ師が存在しているはずだ。
それは決して「間がいものの師」ではない。それをそのまま見てもらえばいい。
年下の鎌田さんだが、その人となりもほとんど知らないが、その働く姿は私の師の一つとなった。
子供たちをそのように育てようと、最後までその姿勢を崩さず、日々を過ごして行きたい。

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