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和牛の神様 ②

餌の量や配合を1頭ずつ変えるのに「正解などない」と鎌田さんは言う。
「こうなのだろうか、ああしたほうがいいのかと、毎日考えるだけたい」
それは毎日の注意深い観察からしか生まれない。じっと見守り続ける。
それは・・・何かを育てたり創り上げたりするときの必須条件だ。
教育は飼料(教材)や牛舎(枠組み)にしか注意を向けられなくなった。他の産業もそうかもしれない。
何か一つの教材で「これが絶対、すべて解決」とすぐに宣伝するが、それはあり得ない。
「○○教育法」などにのめり込み、まるで神のように崇めてしまうこともある。
大切なことが抜けている。その教材は、教育は、どの子に向けているのか?
肝心の子供たちへの観察がない。昔からそのことが不満で、納得できないでいた。
私も毎日予習をし、毎年同じテーマの授業をするが、内容は全部違う。
「この子は・・・これではわからないかもな。どうすれば少しはわかるかな?
 それをやらせるうちに隣の子はここまでは来る。そこでどの問題を考えさせようか?
 突出して速いこの子にはどうさせようか?」
一人一人の量も、配合も全部違う。鎌田さんほど上手ではないが、やってることは同じだ。
私の方法が間違っていれば、翌週にはまた変える。生徒の不勉強が原因なら叱ってやる。
それもすべて「観察」だし、正解などない。
どんなに世話を焼いても、原因不明のまま死んでしまう子牛もいる。
番組では一つしか出なかったが、そういうこともいくつもあるはずだ。
そういうときの鎌田さんの悔しさ・悲しさ・やるせなさ・自分への怒り・・は、私にはよくわかる。
夏の蒸し暑い日には周りの木の枝を刈る。「風通しがよくなるかと・・・」
子牛を産んだ母牛の乳が出ず、子牛が弱り始める。親に薬を飲ませる。
「母牛が乳を出し、親子で生きようとしてもらわんといけんのじゃ」
また餌の配合を変える。寝床のおがくずを取り変えてみる。
「とにかくやってみるだけ。正解はない。人が勝手に“これが正解”なんぞと言えば、
 それは牛に対して失礼じゃろう?」
今の政治にも、教育にも、心に響かせたい言葉だ。それでも鎌田さんにえらぶったところはない。
「プロフェッショナル?わたしはそげなもんじゃない。ただ、世話をさせてもらっているだけ。
 生まれ変わっても牛農家に?そりゃ、やらせてもらいますよ」
こういう人が今の日本に、他にもたくさんいることを、私は願う。
鎌田さんほど上手には出来ないけれど、襟を正して、今日の授業にも挑もう。

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