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見ているもの

昔は聾唖者の教育とか、障害児教育に興味を持ち、のぞいてみたこともあった。
しかし知れば知るほど「私なんかには太刀打ちできない」と思い知らされるばかりだった。
ところが皮肉にも私は、普通児の中にいくつもの障害的部分を発見するようになっていった。
うまく話せない、文章が理解出来ない、計算ミスばかり、手が遅い、分数が出来ない、
話が聞けない、漢字が書けない、時間を守れない、理解そのものが遅い・・・・
いくらでもあるし、そういうものは普通児にいくらでも見られるし、持っていない子はいないし、
いつしか私には障害児と普通児の区別すらわからなくなり、単に「個性」と見るようになった。
テーマの構造・考え方を説明し、すぐに黒板で解かせてみる。
そこで私が見ているものは、その子の中の障害的な部分だ。
これは黒板でやらせる利点が大きい。そういうものが丸見えになるからだ。
そのつど直す。すぐに指摘できるのも大きい。毎週続けるといつしか直る子もいる。
何年も直らない子もいる。基本的には、根本的に直る子はほとんどいない。
では、どうするのか?私にその答えがわかるはずもない。わかればすぐにやっている。
数学や語学に携わらせ、直す方向性を共に探すことしか出来ない。
しかし親はすぐに直したいのだろう。受験前など焦りも出てくる。
うちでは5教科の講座はないから「5教科見てもらえるとこへ」と変わる中3も昔からいる。
「自分ではできない」からと。しかしそれには私は答えを出している。
自分でできなければやがて潰れていくことを知っている。
合格と言う報酬は魅力的だが、将来「確実に潰れる」ことなど、私には出来ない。
自分で出来ないのなら、国語・算数・理科・社会以外の道を探した方がいい。
30年前にも「オール1」の子が来て、ギリギリ公立高校へ入れるまでにしたが、
「この子はすし職人とか、そういう道へ出しませんか?」と言って母親とけんかになったことがある。
世の中で「学歴」がどれほど大きいのかなど知っている。けれど、人は学歴で生きていくのではない。
ここしばらく京大がたくさん出てそこばかりがうわさされるようだが、
専門学校でも同じように発表していることは誰も見てくれないし、
卒業生を集めて模試を食う時に、卒業生達が進路先など気にもしていないことは誰も知らない。
この間ケンタも初めて告白してくれた。
「僕は子供の頃から電話番号など、数字がまるで覚えられなかった。それにどう対処するのか。
 そういうことをずっと考えさせてもらえたこの教室だったから、今の僕があります」
たぶん今でも電話番号は覚えられないんだろう。人生の中で何をこの子に持たせるのか?
今日の授業でも、そこだけを見ることになる。

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