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家族でスイカ

天皇の料理番が終わってしまった。もっとじっくり、1年ほど見続けたかったなあ。
関東大震災から太平洋戦争でついに敗れるまで、戦争ばかりしていた日本。
あの時代に震災で町を焼かれ、皇居で炊き出しまでして、どのように庶民は生き延びたのか?
天皇が毎日めざしばかり食べているのに、トクゾウが軍隊へ飯を作りに行くと、
あり得ないほどの食材があり、ブチ切れてしまう。しかし同僚に身体を押さえられ、
「勝つまでだ。軍隊には食べさせないと。皆がまんしているんだ・・・」
トクゾウだけでなく誰もがブチ切れるところだが、そういう時代だった。
ついに敗戦。がれきの中のほったて小屋で庶民が作っているのは、
野菜くずの中に薄い餅のようなものが入ったスープ。スイトンかフスマ汁か。真子が言う。
「パパが子供の時代もあんなん食べてたん?」
いいや、パパが生まれたのは敗戦から10年後。物心がついたのは15年後ほどで、
皆がまだ貧乏だったけど、米は食えてたねえ。
捨てられたキャベツや白菜の外側の葉っぱとか、大根葉なんかを拾ってきて食えたし、
夕方になると魚屋がリヤカーに売れ残りの魚を運んで来て、バケツ一杯10円で買って食えたし、
鶏を飼っていたので毎日卵という「ごちそう」も食べられた。
肉は・・・当時は本当に“捨てるもの”だったホルモンや筋肉ばかりだったけど、
それしか食ったことがないから肉とは“そういうもの”と思い込んでたし・・・
敗戦からたったの70年、そういう時代の天皇の料理番を見ながら、家族4人で食べているのはスイカ。
スイカは野菜なのかもしれないが、果物で我が家が一番好きなものだ。
今年初めての大玉スイカを4分の1に切ったものを女房が買って来た。
今では小玉スイカの方が甘いと思うが、これも十分に甘い。昔とは全然違う。
康太も真子もどんどん平らげていく。
「あの時代に生まれなくてよかったな。家族でスイカが食べられて、幸せだよなあ・・・」
康太も真子も深くうなずく。
肉を煮るときに縛った紐が残っていたことで、トクゾウが天皇に呼ばれる。
「紐があったのは私の皿だけか?他にはなかったのか?・・そうか・・・それはよかった・・・」
家族の幸せを感じながらトクゾウの涙と共に、私のスイカも涙の味が混じっていた。

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