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読めなさ

社会へ出て働き始めた頃、太平洋戦争末期に満州でロシア兵につかまり、
2年ほどロシア収容所にいたと言う老人と知り合った。生活は、それほどきつくはなかったと言った。
「食べ物は黒くてかたいパンと、キャベツの塩漬けをお湯に入れたスープだけ。
 捕らわれてる日本人だけかと思ったら、看守ののロシア人も同じものを食べていた。
 彼らも我々も国から言われた仕事をしているだけで、戦争を嫌うただの庶民に違いはなかった。
 毎日土木作業をさせられたが、俺が左官職人だと知ると、看守が“俺の家を直してくれ”と。
 それからは村中の家の壁を塗って、友達になり、重宝がられたもんだ」
村の人々に戦争をしていると言う意識はなく、ただの貧しい農民にすぎず、
なにがしかの金をもらえるのだろう、看守や裁判官の役をこなしていただけだ。
高1に読ませた国語には、まさにそういう状況が書かれていた。
『“ここでの収容期間は25年だ”刑期を言うと裁判官はそそくさと出ていった。
 鳴き声、悲鳴が沸き起こる。外にいた看守が聞き付け、ドアを開けた。怒った顔がのぞきこむ。
 “25年だ”私が言うと、看守は黙ってドアを閉めた』
“なぜ看守は黙ってドアを閉めたのか”それが設問だった。
「ざまあみろと思ったから」「さっさと自分の仕事を終わらせたかったから」 それが全員の答えだった。
なぜ「気の毒に思った」の発想が出ないのだろう?私には逆に、そのことが不思議に思えた。
歴史を知らないから?ロシア人は日本人とは違うから?自分だったらざまあみろと思うから?
どの学年もそうだが、時々そうやって愕然とさせられる・・・この、情緒のなさは、何なんだ・・・?
公式・単語・点数・・・だけで精一杯なのかな?それだと・・・それは学びじゃあない・・・
『そんな情緒のねえ奴に、数学をやらせても、何の意味もねえ』 ブチ切れそうになる。
けれど・・・だからこそ・・・教育してやらなくてはならない。数学を通しても、そういうことがわかるように。
怒りに震える指先で、何とか次の国語をコピーする。それが私の数学教育だ。

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